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トップランカーの戦場


2

【2】

 ふわりと巻かれた黒髪に、レースがふんだんに使われた淡いベージュのゴシックドレス。寂れたゲームセンターなんてこの場に似つかわしくない存在に、タダシとモモはぽかんとした顔をその女性に向けていた。
「し、師匠、お知合いですか?」
 恐る恐る訊いてくるモモの言葉で、ようやく勝一は傘から持ち主の顔に目を向けた。女性と話す機会なんて皆無だ。精々ゲームセンターの店員にメンテナンスを依頼するか、母親か、あとはモモを含めたクラスメイトか。その皆無な機会に食い込んだ顔ぶれに、目の前の彼女はどうにも引っかからない。
「いや、知らない」
「知らない、なんて言わせないよ、IS」
 くすり、と上品に笑って、彼女は勝一の名前を確かに呼ぶ。
「もう、4年近く前……ファイブサウンズツリーⅥ、東京クリック池袋店、クリック杯。覚えてるでしょ?」
「…………」
 記憶の片隅。4年近く前の記憶を掘り下げていると、光る音楽ゲームの筐体が視界の端にちらついた。
「……ここまで言ってもわかんないんだ……IS……君、私との、約束を……!」
「あ」
 勝一の口から思い出したような声が漏れ、彼女は小さく笑った。
「……3年前の秋、東京行った時、」
「ふふふ、思い出してくれた?」
「ゲーセンのエスカレーターで5ツリイベント限定パスケース落として、エスカレーター逆走してた人。えーと、佐藤さん!」
「はぁああ!? なんでそんなこと覚えてんの!!?」
「いや、インパクトありましたから。拾ったらすっごい顔してたし……あのパスケースまだ使ってるんです?」
「当たり前でしょ! って、違ぁあう! ってか本名呼ばないでくれる!? Sugarって言ってよ!」
「しゅ、しゅがーさん……」
「……佐藤さんでいいじゃないですか」
 Sugarなんて甘ったるく、なんとなく口に出して呼ぶのはこそばゆい。そんな微妙な気持ちをどう伝えればいいのか、などと思っている勝一の肩を押しのけ、タダシが身を乗り出す。
「ちょい待てや、IS、まさかSugarって、あのSugarとちゃうよな……?」
「あ、もしかして、知ってくれてるの?」
 綺麗な顔を苛立ちで歪めていた女性と一転し、彼女はにこやかに、少し得意げに言う。
「ゴスロリのSugarっつたら、め、め、めっちゃ有名人やないか!? 都内最大店舗大会優勝、5ツリ全国ランキング常連で、こ、この前も確か全国大会の5ツリ部門で3年連続のファイナリストやった! なんでこんなトコ……!」
「IS~、あなたのオトモダチの方が私に詳しいじゃん。悔しくないの?」
「……?」
「そんな顔しないで! まったくもう!」
「で、タダシさんの言う通り。どうして佐藤さんここにいるんです? 確か都民じゃ……」
「Sugar! どうしてもこうしてもない! 私は、4年前の雪辱を晴らしに来たの!」
 傘の先端をカツンと強めに床に当て、Sugarこと佐藤は告げる。
「あの日も私は、クリック杯の優勝を勝ち取る予定だった……のに、ヒョコッとやってきた! あなたが! 私を初めて負かしたのが、よりにもよって……! 一日たりとも、IS、あなたの事忘れた事なかったんだから! あなたがこの近くにいるってネットとランキングに出てる店舗データから、ここを割り出したんだから!」
「……ヒュー、モテモテやん」
「多分、そういう意味じゃないと思う……」
 茶化してくるタダシを押しのけて、モモのちょっと心配そうな目をちら、と視界にとらえて、ISはため息交じりに言う。
「理由はわかりました。でも、俺、音ゲーは熱心にやっている方じゃないんで、あんまりよくわかんないけど、期待に応えられないかと」
「またまたまたムカつく事言うねー、IS……! そっちが熱心にやってる云々はこの際さておいてあげる。私の望みはただひとつ!」
 今度は傘ではなく指を勝一に突きつけ、寂れたゲームセンターに佐藤の声が高らかに響く。
「私とあなたで、もう一度。5ツリで対戦しなさい!」
「……いや、せっかくですけど――――――」
「おい、ちょーっと待ったァ!」
「!?」
 断りかけた勝一の肩を掴み、タダシは佐藤に背を向けて勝一を揺さぶった。
「IS、待てぇや、あの、あの、全一のSugarやで。なんで受けへんのや」
「だって、音ゲーガチ勢じゃないし……めんどいし……」
「あの、すみません、全一って……ガチ勢、って……?」
「全一は、全国一位の略で……ガチ勢は、音ゲーを熱心にプレイしている人の総称……かな……」
 げほっ、と勝一がむせた光景は、前にも見覚えがあるようなものだった。
「なァ、IS? Sugar対ISなんて、クッソおもろそうやないか? 全国トップクラスの対戦! それを、ここでやるんやろ? ええやんか。某SNSで拡散するんや、そしたらうちのゲーセンに人が! 大入りやで!?」
「……そっちが目的かよ」
「対戦を、ここで? ……まぁ、構わないけど」
 鼻を鳴らして、佐藤はモモのいる5ツリに歩み寄ると、ディスプレイを枝の一部を一瞥し、手袋をした手でボタンに一度だけ触れた。
「……液晶の色は濁りがあるし、4代前ってとこね。ボタンのバネは固いし。メンテとしては40点」
「よっ!?」
「あなたがメンテしてるの? もうちょっと頑張ってほしいかな~なーんて」
 佐藤は苦虫を噛み潰したようなタダシに告げ、モモに笑いかけた。
「始めたの? 5ツリ」
「え、ぁ、は、はいっ」
「初心者が始めるにはちょっと優しくないと思うの。もしも、もーっと人を呼びたいなら、まずはメンテナンスから。頑張ってね」
「ぐぎぎぎぎぎぎぎぎぎ……」
「ま、今回はちょっとくらいのハンデ、ってことにしてあげる。地の理はあげるからここでも構わない。どう?」
「どうって……」
 せこいやり方でさらし者にされる前に、これは本格的に断った方がいいらしい。勝一はタダシを相手にするよりもまず、佐藤に向き直った。
「あの、佐藤さん、」
「IS、」
「え」
「まさか、逃げるの?」
 佐藤の冷たい声が耳に入り込んだ途端、ふ、と悔しい感情と、血が湧きたつような奇妙な感覚が同時に、勝一の体を伝う。
 ただのさえない少年から、髪の毛の先、臓器、指の爪の先端まで、頂点に君臨するトップランカーになる、引き金の言葉。
「……師匠?」
「逃げない」
 佐藤、そしてモモの言葉に応えるでもなく、勝一の口は既に動いていた。その言葉に見えた、チリ、と痺れるような緊張感に、その場の三人全員が表情を強張らせた。
「……いい返事、ありがと。都内から遠征して来ただけあって良かった。あ、ブランクがあるだろうから、対戦はちょっとだけ待ってあげる。来週の午後2時、空けといてね。対戦方式は4年前のあの日と同じ。よろしく♪」
 くすり、と笑って佐藤は高すぎないヒールの音を鳴らし、コツコツと階段を下りて行った。
「あっ、そうそう。もしも負けたら、東京でデートでもしてちょうだい?」
「は?」
「美味しいスイーツ屋さんに行きたいの。たかだかあなたに会うためだけに遠征っていうのもねー。それに、勝負は景品があった方が燃えるでしょ? それとも負けちゃうの?」
「そういうわけじゃ」
 階段の向こうに見えた顔が微笑み、手を振って、その先の言葉はなかった。
 取り残されたゲームセンターでは、5ツリの涼やかな音が流れる。
「……師匠」
「へ?」
「負けません……からね、師匠は」
「……いや、そうだけど」
 なぜ、モモが燃えているのか。勝一には原因不明であった。

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プロフィール

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奏 Euph
割となんでもやる、活動的な魚類。
狐狸・二ノ宮翼・塵芥・ラピなど、名前がたくさんあります。
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