楽天市場
[無料でホームページを作成] [通報・削除依頼]

トップランカーの戦場


2



 【2】
「どういうこっちゃ……」
 一階のフリースペースで缶ジュースを啜りながら、タダシは胡散臭そうに百瀬を睨んでいた。
「……別にタダシさんは来なくて良かったのに」
「お前がどういう風の吹き回しかって小一時間問い詰めるためやわ。教えて、に応えるなんてなァ?」
「どうって……」
 やや不機嫌そうなタダシの視線が辛くなり、勝一は百瀬に向かって視線を逸らした。百瀬はというと、勝一に奢られたオレンジジュースを両手で包むように持ちながら、真っ赤な顔で二人をせわしなく見ていた。
「だって……ああいう風に目立つの嫌いだから……」
「あ……ご、ごめんなさい……」
「いやもういいって……で、なんだっけ? 一応聞くだけ聞くけど……」
「あ、はい」
 オレンジジュースをひと口飲んで、百瀬は背筋を伸ばす。
「私、百瀬郁美です。弟に『マジカル・パレット』で勝つための練習に来ました」
「アーケードで?」
「あーけーど?」
「……ゲームセンターにある様な、ああいうので?」
「?」
「……テレビゲームじゃない方」
「あ、テレビゲームの方です!」
 素人丸出しの彼女が、よくもまあこんな比較的規模の大きいゲームセンターに来る気になったものだ。呆れ交じりに感心した。
「私の弟、小学生で。両親が共働きなので、私が面倒みてるんです。それで、ゲームの相手を時々してるんですが――――」
「当てたろか。負けるんやろ?」
「そうなんです!」
 また泣きそうな、縋りつくような顔で百瀬は勝一とタダシに訴える。
「三か月前に弟が買った、あの『マジカル・パレット』で殆ど毎日遊んでいるんです! 呼ばれて、対戦して、毎日……私、毎日負けてますけど、でも、弟、楽しそうだったから……」
 ぎゅ、とスカートの端を握りしめ、百瀬は少し俯いた。
「でも……一昨日、言われたんです。『ねーちゃんに勝ても面白くない』って……『つまんない』って……」
「…………」
 色々言ってしまったのが少し気まずくなったのか、タダシは視線の置き場に迷った。
「私、強くならなきゃ。弟に勝ちたいって思って、ネットで色々調べたんですけど、よくわからなくって……じゃあ、練習しなきゃって。ゲームセンターでも『マジカル・パレット』が出来るって知って、昨日、ゲームセンターの場所も調べたんです。ここに来れば何かわかるかなって……」
 ぐい、と目元をぬぐって、オレンジジュースを煽り、百瀬は勝一を見つめた。急に飛んできた視線に慣れず、思わず少しのけぞった。
「お願いです」
「…………『ゲームを教えてください』?」
「はい」
「……」
 視線が突き刺さり、目を合わせていられなくなる。
「……んん……中々な事言うわなァ?」
「え?」
「『ゲームを教えてください』なんて、友達に聞きゃええやろ。マジパレなんて割とメイジャーやで?」
「あの、学校に、そういう友達……いないんです」
「だからって、見ず知らずの他人に言う事とちゃうやろ?」
「……はい」
 タダシに正論を聞かされ、また百瀬の目に涙がにじむ。ようやくそれに気付いて、タダシは話すのをやめた。
「もうええやろ。イズ、行くで」
「行くって……あんたと一緒に行く義理もないんだけど……」
「んな細かいことええやろがっ!」
「…………」
 自分をじっと見つめて、今にも泣きだしそうな目。こんな風に誰かが話しかけてきたのは初めてではないが、『教えてくれ』なんて初めてだ。
 いつか――――――いつだったか。

『こっち来いよ。一緒にやろうぜ、勝一!』

「……あんたはさ、」
「え?」
「弟を楽しませたいから、強くなりたい? それじゃあ、ただのエンターテイナーだよな?」
 危険な橋を渡っている事は重々承知。タダシ、そして百瀬でさえこんな風に勝一が話すのを意外そうに見つめる。
「俺は、エンターテイナーじゃない。ただのゲーマー。あんたがエンターテイナーになりたいなら、お門違いだから他を当たってほしい。…………でも、ゲーマーになりたいっていうなら、少しだけ、協力できる」
 自分の言葉が、自分でちょっと信じられない。
 けれど、百瀬の目は、いつか自分が純粋にゲームを楽しんでいた頃のそれに似ていた。

「あんたは、どうしたいの?」

「…………」
 今度こそ、百瀬は泣き出した。
「勝ちたい」
 ぼろっと、目に溜めていた涙を、ちょっと汚れた、カラフルな色のゲームセンターの床に零す。
「私、弟に……勝ちたいです……」
 せきを切ったように、涙がどんどん流れる。
「ごめんなさい……嘘ついてた……私、悔しかっただけなんです…………ごめんなさい……」
「……そーゆーもんだって」
 帽子をちょっと深めに被り直して、勝一は立ち上がった。
「じゃ、明後日から練習ってことで」
「え!?」
「はぁああああ!?」
「なんだよ……」
「いいんですか!?」
「おい、ちょっと待てや、イズ!」
「どっち向いて話せって……?」
「私……私……!」
「ちょっとおい、来い! ええから!」
「はあ!?」
 涙目だった表情を一気に明るくさせ、夢見心地というような状態の百瀬から勝一を引きずりように離れさせ、タダシは自動販売機の影で小声になる。
「お前、自分が誰か、わかっとるんか?」
「は?」
 まったく自分を理解していない呆けた顔に苛立ち、タダシは頭をガシガシと掻いた。
「『IS』やで!? お前の名前を知らんゲーマーなんか、もう殆どおらへんわ!」
 手近にあった筐体のランキングを指差し、タダシが喚くように言う。ランキングの上位には、知らない名前と一緒に、ISの名前が流れていた。
「ゲーム界のトップランカー。ありとあらゆるゲームで上位に現れへん時がない。ゲームの天才……それがお前なんやで、イズ?」
「……いや、知ってるけど」
「そんなにあっさり言うなや! 頼まれた言うて、そないにホイホイ教えてええんか!?」
「煩いって、タダシさん……」
 勝一は顔をしかめながら煩わしげに文句を言う。
「別にタダシさんに言われる事じゃないし……」
「せやけど――――あれや、天才数学者が、幼稚園児に算数教えるのと似たか寄ったかやで!?」
「そんな風に例えられても、どうでもいいじゃん」
「天才数学者は、世界の難問解くのが仕事や! お前、そんなもったいないことして――――」
「なんでそんなにムキになるのかわかんない。だから、どうでもいいって。俺のやる事なんか、タダシさんには関係ない」
「おま……!」
 ため息を吐いて、勝一は背を向ける。
「たとえ話だけど、算数だって数学だよ」
「……っ!」
 声になりかけた叫びを喉で押し殺し、タダシは勝一のその背中を睨んでいた。
「イズ……俺やってなあ……」
 その先は、とても口に出せない。ため息を吐いて、肩をすくめる。
『……んな裏ワザ出来んならやってたわ……』
 本音は喉の奥にしまっておいた。


3/15

プロフィール

プロフィール画像
奏 Euph
割となんでもやる、活動的な魚類。
狐狸・二ノ宮翼・塵芥・ラピなど、名前がたくさんあります。
QRコード
携帯用QRコード
アクセス数
ページビュー数