トップランカーの戦場
第二章
クレーンゲーム
1
【1】
一対の、金属の手が宙ぶらりんの状態から、ふと目を覚ましたように、ぎしり、と動き始める。上下左右にぎこちなく舞って、やっと獲物の存在を知った。
真下にわんさかといる、その獲物の群れは、金属の手の存在など気付いてもいない。ましてやその後ろにいる支配者の事など、なんとも思っていない。
その獲物に目をつけ、一瞬動きを止め――――それは、一直線に獲物の体に噛み付いた―――――
「あああああ……!」
「残念」
これで七回目だ。ぬいぐるみを一瞬掴んだものの、アームが弱すぎる。意気消沈の悲鳴を上げるモモの隣、勝一は冷めた労いを呟いた。
タダシの働くゲームセンター『Happy Tower』の一階。所狭しと並べられたクレーンゲームの台は、日曜日の昼過ぎという事もあり、さびれたゲームセンターにしては珍しく、人でにぎわっていた。
その内のひとつのクレーンゲームの前で、モモと勝一はかれこれ十分ほど、同じぬいぐるみに同じ戦いを挑んでは負け、というくだりを繰り返していた。
「む、難しいですよ……掴んでも掴んでも、全然……持ちあがらないですもん……」
「……ここの台は、割と穴場なんだけど……」
ついこの間までモモにパズルゲームを教えていたゲームセンターのクレーンに比べれば、ここのものは掴む力も強い上、タダシが忙しくしている時は、ぬいぐるみのタグが狙いやすい位置に露出している事もある。
タグがクレーンのアームの届くところにあれば、引っかけて取る方が簡単、という時もある。残念ながら、モモの狙うぬいぐるみのタグは、そんな間抜けな位置にはない。
じっと、人気ご当地ゆるキャラと思しきぬいぐるみを見つめたまま、モモは考え込んでいた。これもさっきから繰り返したくだりである。
七回――――五百円を入れると一回オマケしてくれる台だから、六百円だ。モモのような中学生からすれば大金だろう。
彼女は、無駄に粘り強い。その粘り強さを無駄にしない程、頑なだ。
勝一は財布を取り出し、ため息を吐いた。
「見てて」
「師匠?」
モモが三回プレイした段階で、かなり良い場所に、位置は変わった。勝一が百円玉を入れると、賑やかな音を立てて動き始める。
勝一の目の色が、真剣になり、変わる。
いつかパズルゲームをしていた時の様な、目にも留まらない手の動きとは打って変わって、精密で、ブレのない手の動きと、アームの動きを事細かに視る目となっていた。
と、まるでロボットのように勝一の手の動きが止まる。アームは獲物を狙って開き、一直線に下に進んだ。しかし、獲物を掴まず、大きく外れた位置に口を突き立てる。
「え、師匠、これじゃあ―――――」
「落ち着いてって……」
モモに、見ているよう示す。不安げな彼女の前で、アームの口が閉じていく、と、ぬいぐるみの重たげな頭を、アームの片側が強い力で押し出す。
どこまでアームの口が閉じるか、どこまでの強さがあるかを推し量り――――計算し――――その結果、見事にぬいぐるみは穴に向かって落ちて行った。
オメデトウ! と祝う音に、何も掴んでいないアームは、ちょっと不満そうに戻って行った。
だが、取り出し口には、確かに押し出されたぬいぐるみがある。
モモはぽかん、と、ただひたすら驚いていた。勝一がぬいぐるみを取り出して、モモの手に押し付ける。
「七百円なら、妥当だろ?」
「…………す」
「?」
「すごいです! イズさん、師匠! やっぱり、流石は師匠ですぅうう!」
「…………」
お静かに、と言える程、ゲームセンターは静かな環境ではない。どうやってモモの賛辞を止めようかと、勝一ことISは肩を竦めた。
表向きは地味で、友達の少なく、何事も平均的な中学生の五十嵐勝一だが、ひとたびゲームのコントローラーを握らせると、彼はもうひとつの顔を見せる。
どんなジャンルのゲームにおいても、頂上の世界に君臨し続ける驚異のトップランカー――――ISだ。
「こんな、貰っちゃっていいんですか……? 師匠が取ったんじゃないですか……?」
「いいって、いいから、本当……落ち着いてって……」
パズルゲームを教え、ゲームの楽しさに目覚めて以来、モモこと百瀬郁美はずっとこの調子だ。彼女は気付いていないが、勝一は彼女のクラスメイトだ。
積極的かつ優秀な生徒会役員という『まさしく優等生』を描いたような普段の彼女を知っている分、こうして何も知らない、普段とは全然違う彼女を見るのはおかしな気分である。
百瀬郁美は『モモ』に――――
五十嵐勝一は『IS』になる――――
人を魔法みたいに変えてしまう、ゲームセンターとはちょっと不思議な、そんな場所だ。
『……全然変わらない人もいるけど』
「おっ、イズにモモちゃんやないか!」
「あ、こんにちは、タダシさん!」
考えた傍からこれだ。『雪村格』という名札を付けたゲームセンターのバイトの男は、仰々しく、忙しさにつかれた、というようなため息を吐いた。
「ふいー、疲れたわー。こないにぎょーさん集まるのも、久しぶりや。店長まで働いとるしなァ」
「だからここはこんななんだろうな」
「オイ、また可愛げない事言いくさって……」
「タダシさん、これ、師匠が取ってくれたんですよ!」
「ぶはっ! イズぅ! お前も可愛げあるやないかい!」
「……」
ゆるキャラぬいぐるみのとぼけた表情と、勝一の仏頂面を見比べて、タダシはひとしきり笑った後、クレーンゲームの機械の鍵を開けて、ズレたぬいぐるみの位置を調整する。四階まである、割と大きなゲームセンターなのに、社員もバイトも、全部で両手で数えられるくらいしかいない。目についた仕事を片っ端からやっていくというスタンスのようである。
「こんだけ混んでると、ちょっと心配やなァ……」
「何がですか?」
「よくぞ訊いてくれよったな、モモちゃん!」
「行こう、モモさん」
「聞けやァ! この嘗め腐ったガキッ!」
「いや、タダシさんの事だから、どうせアレでしょ……」
勝一の冷めた目線に、タダシはぐっと言葉に詰まる。
「アレ、ってなんです?」
「伝説のクソゲー『エクスタシス・アリアドネ』ってゲームがあるんだけど、それのヒロインのフィギュアが、今日、ゲーセンに出回るんだ」
「そうなんですかー」
「お前ら、わかっとらんやろ! その前に、阿呆! エクアリは名作やろが!」
「……まあ、それはさておき」
「エクアリの主人公は五年前にフィギュア化されたっちゅーのに、ヒロインはそれからずーっと待たされたんやで……こんな不遇な扱いあらへんやろ!」
「ゲームそのものが何年前だよ……」
「まだ八年しか経っとらんわ!」
「私、その頃小学校に入学しました!」
「だぁああ! くっそぉおお!」
感じるジェネレーションギャップに、タダシはぐしゃぐしゃと頭を掻きむしった。
「……とにかく、そないなゲームやから、フィギュア情報が出てから、ずーっと店長に頼み込んだんやで……俺のオネガイシマスラッシュがあらへんかったら、一個も入らんかったやろなァ……」
「恥ずかしい大人」
「うっせえわァ! せやから、エクアリのフィギュアがこんだけ人が多いと無くなりそうで怖いわァ……」
「あのクソゲーならなくならないでしょ」
「お前もう帰れ!」
「で?」
「は?」
「タダシさんなら何クレで取れるのさ」
「……ま、フィギュアやから十クレはくだらんやろな」
「じゃあ、後で千円」
「? ……まさか、イズ、お前、」
わずかに震えたタダシに、さも当たり前のように勝一は首を傾げた。
「取っとくけど?」
「…………お前、本当、トップランカーやな!」
泣き叫ばんばかりに肩を叩いてきたタダシの手を振り払い、勝一はうざったそうな声でもう一度告げる。
「だから、後で千円」
「ええで! ええで! せやからはよ無くなる前に取ってこい! 俺の花枝ちゃん!」
「……ハイハイ……じゃあ、仕事してよね……」
「わぁーっとるわ! ガンガンやったる! せやから絶対取るんやでー!」
捨て台詞ならぬ、投げ台詞と思しき叫びを尻目に、勝一は財布を取り出し、件のフィギュアを探すよう、辺りを見回した。
が、フィギュアの笑顔より先に、モモの笑みが目に入る。
「……何」
「いえ、なんだかんだで、二人って仲良しですねーって」
「フィギュアくらいなら多分、千円以内で取れるから。タダシさんのくれる千円との差額で稼がないと」
「え、そんな理由デスカ……」
「学生の財布には限界があるよ、モモさん」
「……シビアです……シビアですよ、師匠……」
「まあ、橋渡しとかなら苦手だからキツいけど……」
「さっきから専門用語が飛んでますけど、どういう事ですか? クレ、とか、橋渡しとか?」
「『クレ』ってのは、クレジットの略。一クレは百円分」
「百円じゃ駄目なんですか?」
「別にいいけど、百円とか、現金なら俺は『コイン』って言う。ワンコイン入れると二回プレイできるゲームとかもあるから。単純に『クレ』でプレイ回数を指す時もある」
「んー、深いですね……それで『橋渡し』は?」
「クレーンゲームの、タイプって言うのかな……。ぬいぐるみを挟んで吊り上げる奴とか、不安定そうなバーの上に掛けてあるのとかあるけど、そういうヤツの中で…………ああいうの」
そう言ってげんなりと、ひとつのクレーンゲームの台を指差す勝一の目の先には、二枚の板に跨っているフィギュアの箱があった。板の間には隙間があり、どうやらそこに箱をずらして落とす、というものらしい。
一人の女性が厳しい目で挑んでいる真っ最中だ。
「あれが、タダシさんが欲しがっていたフィギュアですか?」
「だな。……苦手なんだよな、橋渡し……」
「師匠でも苦手な物ってあるんですねえ」
「いや、誰だってあるだろ……」
「苦手でも、あの人の次に! タダシさんの為に頑張ってください!」
「違うけど……」
弁明しかけた所で、華やかな音がし、女性が屈むのが見えた。その手にはえんじ色の文字で『エクスタシス・アリアドネ』と書き込まれたフィギュアの箱があった。
「じゃあ、師匠っ。頑張ってください!」
「はいは……」
財布を取り出したところで、勝一の足が止まる。勇んで台に張り付くようにモモは台の様子を伺うが、すぐに首を傾げる。
「師匠、景品ってどこにしまってあるんですか?」
「…………」
台の中にあるはずの箱は、ひとつもなかった。
ふと、さっきクレーンゲームにしがみついていた女性の姿を探すと、その手には大きな袋が握られていた。袋の歪な形から察するに――――
「……タダシさんに、ご愁傷様って伝えなきゃな」
「?」
乱獲だ。
一対の、金属の手が宙ぶらりんの状態から、ふと目を覚ましたように、ぎしり、と動き始める。上下左右にぎこちなく舞って、やっと獲物の存在を知った。
真下にわんさかといる、その獲物の群れは、金属の手の存在など気付いてもいない。ましてやその後ろにいる支配者の事など、なんとも思っていない。
その獲物に目をつけ、一瞬動きを止め――――それは、一直線に獲物の体に噛み付いた―――――
「あああああ……!」
「残念」
これで七回目だ。ぬいぐるみを一瞬掴んだものの、アームが弱すぎる。意気消沈の悲鳴を上げるモモの隣、勝一は冷めた労いを呟いた。
タダシの働くゲームセンター『Happy Tower』の一階。所狭しと並べられたクレーンゲームの台は、日曜日の昼過ぎという事もあり、さびれたゲームセンターにしては珍しく、人でにぎわっていた。
その内のひとつのクレーンゲームの前で、モモと勝一はかれこれ十分ほど、同じぬいぐるみに同じ戦いを挑んでは負け、というくだりを繰り返していた。
「む、難しいですよ……掴んでも掴んでも、全然……持ちあがらないですもん……」
「……ここの台は、割と穴場なんだけど……」
ついこの間までモモにパズルゲームを教えていたゲームセンターのクレーンに比べれば、ここのものは掴む力も強い上、タダシが忙しくしている時は、ぬいぐるみのタグが狙いやすい位置に露出している事もある。
タグがクレーンのアームの届くところにあれば、引っかけて取る方が簡単、という時もある。残念ながら、モモの狙うぬいぐるみのタグは、そんな間抜けな位置にはない。
じっと、人気ご当地ゆるキャラと思しきぬいぐるみを見つめたまま、モモは考え込んでいた。これもさっきから繰り返したくだりである。
七回――――五百円を入れると一回オマケしてくれる台だから、六百円だ。モモのような中学生からすれば大金だろう。
彼女は、無駄に粘り強い。その粘り強さを無駄にしない程、頑なだ。
勝一は財布を取り出し、ため息を吐いた。
「見てて」
「師匠?」
モモが三回プレイした段階で、かなり良い場所に、位置は変わった。勝一が百円玉を入れると、賑やかな音を立てて動き始める。
勝一の目の色が、真剣になり、変わる。
いつかパズルゲームをしていた時の様な、目にも留まらない手の動きとは打って変わって、精密で、ブレのない手の動きと、アームの動きを事細かに視る目となっていた。
と、まるでロボットのように勝一の手の動きが止まる。アームは獲物を狙って開き、一直線に下に進んだ。しかし、獲物を掴まず、大きく外れた位置に口を突き立てる。
「え、師匠、これじゃあ―――――」
「落ち着いてって……」
モモに、見ているよう示す。不安げな彼女の前で、アームの口が閉じていく、と、ぬいぐるみの重たげな頭を、アームの片側が強い力で押し出す。
どこまでアームの口が閉じるか、どこまでの強さがあるかを推し量り――――計算し――――その結果、見事にぬいぐるみは穴に向かって落ちて行った。
オメデトウ! と祝う音に、何も掴んでいないアームは、ちょっと不満そうに戻って行った。
だが、取り出し口には、確かに押し出されたぬいぐるみがある。
モモはぽかん、と、ただひたすら驚いていた。勝一がぬいぐるみを取り出して、モモの手に押し付ける。
「七百円なら、妥当だろ?」
「…………す」
「?」
「すごいです! イズさん、師匠! やっぱり、流石は師匠ですぅうう!」
「…………」
お静かに、と言える程、ゲームセンターは静かな環境ではない。どうやってモモの賛辞を止めようかと、勝一ことISは肩を竦めた。
表向きは地味で、友達の少なく、何事も平均的な中学生の五十嵐勝一だが、ひとたびゲームのコントローラーを握らせると、彼はもうひとつの顔を見せる。
どんなジャンルのゲームにおいても、頂上の世界に君臨し続ける驚異のトップランカー――――ISだ。
「こんな、貰っちゃっていいんですか……? 師匠が取ったんじゃないですか……?」
「いいって、いいから、本当……落ち着いてって……」
パズルゲームを教え、ゲームの楽しさに目覚めて以来、モモこと百瀬郁美はずっとこの調子だ。彼女は気付いていないが、勝一は彼女のクラスメイトだ。
積極的かつ優秀な生徒会役員という『まさしく優等生』を描いたような普段の彼女を知っている分、こうして何も知らない、普段とは全然違う彼女を見るのはおかしな気分である。
百瀬郁美は『モモ』に――――
五十嵐勝一は『IS』になる――――
人を魔法みたいに変えてしまう、ゲームセンターとはちょっと不思議な、そんな場所だ。
『……全然変わらない人もいるけど』
「おっ、イズにモモちゃんやないか!」
「あ、こんにちは、タダシさん!」
考えた傍からこれだ。『雪村格』という名札を付けたゲームセンターのバイトの男は、仰々しく、忙しさにつかれた、というようなため息を吐いた。
「ふいー、疲れたわー。こないにぎょーさん集まるのも、久しぶりや。店長まで働いとるしなァ」
「だからここはこんななんだろうな」
「オイ、また可愛げない事言いくさって……」
「タダシさん、これ、師匠が取ってくれたんですよ!」
「ぶはっ! イズぅ! お前も可愛げあるやないかい!」
「……」
ゆるキャラぬいぐるみのとぼけた表情と、勝一の仏頂面を見比べて、タダシはひとしきり笑った後、クレーンゲームの機械の鍵を開けて、ズレたぬいぐるみの位置を調整する。四階まである、割と大きなゲームセンターなのに、社員もバイトも、全部で両手で数えられるくらいしかいない。目についた仕事を片っ端からやっていくというスタンスのようである。
「こんだけ混んでると、ちょっと心配やなァ……」
「何がですか?」
「よくぞ訊いてくれよったな、モモちゃん!」
「行こう、モモさん」
「聞けやァ! この嘗め腐ったガキッ!」
「いや、タダシさんの事だから、どうせアレでしょ……」
勝一の冷めた目線に、タダシはぐっと言葉に詰まる。
「アレ、ってなんです?」
「伝説のクソゲー『エクスタシス・アリアドネ』ってゲームがあるんだけど、それのヒロインのフィギュアが、今日、ゲーセンに出回るんだ」
「そうなんですかー」
「お前ら、わかっとらんやろ! その前に、阿呆! エクアリは名作やろが!」
「……まあ、それはさておき」
「エクアリの主人公は五年前にフィギュア化されたっちゅーのに、ヒロインはそれからずーっと待たされたんやで……こんな不遇な扱いあらへんやろ!」
「ゲームそのものが何年前だよ……」
「まだ八年しか経っとらんわ!」
「私、その頃小学校に入学しました!」
「だぁああ! くっそぉおお!」
感じるジェネレーションギャップに、タダシはぐしゃぐしゃと頭を掻きむしった。
「……とにかく、そないなゲームやから、フィギュア情報が出てから、ずーっと店長に頼み込んだんやで……俺のオネガイシマスラッシュがあらへんかったら、一個も入らんかったやろなァ……」
「恥ずかしい大人」
「うっせえわァ! せやから、エクアリのフィギュアがこんだけ人が多いと無くなりそうで怖いわァ……」
「あのクソゲーならなくならないでしょ」
「お前もう帰れ!」
「で?」
「は?」
「タダシさんなら何クレで取れるのさ」
「……ま、フィギュアやから十クレはくだらんやろな」
「じゃあ、後で千円」
「? ……まさか、イズ、お前、」
わずかに震えたタダシに、さも当たり前のように勝一は首を傾げた。
「取っとくけど?」
「…………お前、本当、トップランカーやな!」
泣き叫ばんばかりに肩を叩いてきたタダシの手を振り払い、勝一はうざったそうな声でもう一度告げる。
「だから、後で千円」
「ええで! ええで! せやからはよ無くなる前に取ってこい! 俺の花枝ちゃん!」
「……ハイハイ……じゃあ、仕事してよね……」
「わぁーっとるわ! ガンガンやったる! せやから絶対取るんやでー!」
捨て台詞ならぬ、投げ台詞と思しき叫びを尻目に、勝一は財布を取り出し、件のフィギュアを探すよう、辺りを見回した。
が、フィギュアの笑顔より先に、モモの笑みが目に入る。
「……何」
「いえ、なんだかんだで、二人って仲良しですねーって」
「フィギュアくらいなら多分、千円以内で取れるから。タダシさんのくれる千円との差額で稼がないと」
「え、そんな理由デスカ……」
「学生の財布には限界があるよ、モモさん」
「……シビアです……シビアですよ、師匠……」
「まあ、橋渡しとかなら苦手だからキツいけど……」
「さっきから専門用語が飛んでますけど、どういう事ですか? クレ、とか、橋渡しとか?」
「『クレ』ってのは、クレジットの略。一クレは百円分」
「百円じゃ駄目なんですか?」
「別にいいけど、百円とか、現金なら俺は『コイン』って言う。ワンコイン入れると二回プレイできるゲームとかもあるから。単純に『クレ』でプレイ回数を指す時もある」
「んー、深いですね……それで『橋渡し』は?」
「クレーンゲームの、タイプって言うのかな……。ぬいぐるみを挟んで吊り上げる奴とか、不安定そうなバーの上に掛けてあるのとかあるけど、そういうヤツの中で…………ああいうの」
そう言ってげんなりと、ひとつのクレーンゲームの台を指差す勝一の目の先には、二枚の板に跨っているフィギュアの箱があった。板の間には隙間があり、どうやらそこに箱をずらして落とす、というものらしい。
一人の女性が厳しい目で挑んでいる真っ最中だ。
「あれが、タダシさんが欲しがっていたフィギュアですか?」
「だな。……苦手なんだよな、橋渡し……」
「師匠でも苦手な物ってあるんですねえ」
「いや、誰だってあるだろ……」
「苦手でも、あの人の次に! タダシさんの為に頑張ってください!」
「違うけど……」
弁明しかけた所で、華やかな音がし、女性が屈むのが見えた。その手にはえんじ色の文字で『エクスタシス・アリアドネ』と書き込まれたフィギュアの箱があった。
「じゃあ、師匠っ。頑張ってください!」
「はいは……」
財布を取り出したところで、勝一の足が止まる。勇んで台に張り付くようにモモは台の様子を伺うが、すぐに首を傾げる。
「師匠、景品ってどこにしまってあるんですか?」
「…………」
台の中にあるはずの箱は、ひとつもなかった。
ふと、さっきクレーンゲームにしがみついていた女性の姿を探すと、その手には大きな袋が握られていた。袋の歪な形から察するに――――
「……タダシさんに、ご愁傷様って伝えなきゃな」
「?」
乱獲だ。
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