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トップランカーの戦場


2


【2】

「俺の……花枝ちゃん……」
「まあ、ご愁傷様」
「あっさり言うんじゃないわァ! クソガキッ!」
 客足もすっかり引いてしまった夕方、シフトを終えたタダシは、例のフィギュアの台の前で意気消沈していた。
「どうせオークションに出回ってるだろうし……」
「一回人の手に渡った花枝ちゃんは嫌や……んで、出回ったこの日に……その為に店長に頼み込んだっちゅーのに……! クッソォオオオオ! あの店長の事や、再入荷もあるかいなァア!」
 ひたすら荒れるタダシを、若干気の毒そうに見守りながら勝一は別のクレーンゲームで取ったチョコレート菓子を齧っていた。
「それにしても、そんなに早く無くなるほど人気だったんですねえ」
「んなわけあるかいな」
「ないね」
「え」
「ゲームそのものが結構昔やし、あんま売れへんかったから、フィギュアで出るってのがまずびっくりだったわ。それなのにこないに早く……」
「調整不足だし、パーツバランスがおかしいし、バグも多いし、ゲームって言うより苦行でしょ」
「花枝ちゃんかわええからええんや! あの……」
 勝一の正論に感情論で返したところで、件のフィギュアが戻ってくるわけでもない。
「……めっちゃええ子なんやで……花枝ちゃん……」
「泣かないでください、大丈夫ですって。師匠がなんとかしてくれますって……」
「いや、さりげなく頼られても困るんだけど……」
「なんとかしてえな、イズぅ……!」
「……って言っても、ただの乱獲じゃん」
「らんかく?」
 またしても首を傾げるモモとは対照的に、タダシは雷に打たれたように愕然とした。
「……ただ、いろんな奴にドナドナされたなら今回は諦めたろ思えてきたんに……ら、らら……乱獲やとぉおお!?」
 怒りに燃える目からは、今にも炎がほとばしりそうだ。怒号を喚き散らすタダシから数歩下がり、モモは小声で訊いた。
「……乱獲ってなんですか?」
「同じ景品を同じ人が何個も取る事……かな。」
「え? 何個も? 同じものを? 必要ですか?」
「フィギュアとかをオークションで転売する人とかがよくやるらしいね」
「それじゃあ、取れなかった人がかわいそうじゃないですか!」
「だから可哀そうな事になってるんじゃ……」
「……ああ!」
「『ああ!』やないわい! モモちゃんまで!」
 憤怒に加えて憤慨の叫びも轟く。いい大学生が、酷い醜態である。
「いぃいいずうぅううう……頼むわァ、何とかしとくれやァ……」
「なんとかって……人にそんな高望みされても困るんだけど」
「お前ならなんとか出来るやろ? 今からでもこの辺りのゲーセン巡って探しに行くんや」
「やだ。一人でやって」
「ぢぐじょう……」
「そうでなくとも、私はもう時間ですね」
 十六歳未満は十八時以降立ち入り禁止の張り紙をちら、と見て、モモは尻尾の下がった子犬のようにため息を吐いた。
「タダシさんのフィギュアがちゃんと見つかればいいですね」
「ホンマになァ……うし、これから探しに行くで……」
「自転車と、電車で?」
「原チャも車も高いんや! いちいち突っ込むな!」
「精々頑張って……俺はもう帰るから」
「あ、はい! じゃあ、また!」
「せいぜい帰り道でコケろっ」
 勝一ことISがゲーセンの自動ドアを抜けていくのを見送り、モモも椅子に置いておいたカバンを取る。
「アイツが二十時までいた事なんか、見た試しがないわ」
「師匠って、年齢不詳ですからねえ。私より上で、タダシさんより下っぽいですけど」
「まあ、そりゃあ見りゃわかるけどなァ。ま、十六、七そこらの高校生のガキってトコやろ。こんだけ遊び呆けてるんやから、エエトコのボンボンやろな」
 いやに確信的に言うタダシに向かって、モモは腑に落ちなさそうに首を傾げる。
「でも師匠、今日は十クレも使ってませんよ?」
「ハァ?」
 そんな馬鹿な。一回で十五分だとしても、昼からずっといれば三千円はくだらないはず。
「私がゲームやるの見ていたり、一時間近くずーっと同じゲームをしていたり」
「……シューティングでラスボスまで進めばそりゃワンチャンあるかもしれへんけど、アイツ、毎回そないなやり方やったんか?」
 そうなると、神出鬼没で、金銭事情も掴めない、年齢不詳なISというトップランカーは――――
「……考えれば考える程、ようわからんな」
「ですねえ……」




「……っくし!」
 駅のトイレで伊達眼鏡をかけた途端、くしゃみが飛び出した。
『風邪……でもないか……』
 ぐすっと、小さく鼻をすする中学生が、寂れたトイレの鏡に映る。眼鏡にくたびれたチェックのシャツといったごく普通の、目立たない少年はどうにもぱっとしない。
 ISは、五十嵐勝一に戻っていた。
 学校の規則や諸々の事情故にこんな七面倒くさい事をしているが、勝一は少しだけ、このゲームのような変身を気に入っていた。
 トイレから出て、駅の階段を下って行く。
『……そういえば……』
 数学のノートと消しゴムが切れかけていたのをふと思い出した。行き先を少し修正し、近くの中途半端な大きさのデパートに足を向けた。
 夕方だというのに―――――いや、夕方だからこそ、フードコートや食品売り場をはじめとし、まだ混み合っていた。ソフトクリームを食べる女子高生達や、タイムセールに群がる奥様方で溢れている。
 なんとなく急かしてくるエスカレーターで文具店まで向かって、勝一はいつものノートと消しゴムを買った。
 その間も少し近くにあるゲームコーナーの音を、耳があまりにも敏感に察知する。
「ありがとうございましたー」
「え。あ、ども……」
 急にレジの店員からノートと消しゴムが入った袋を差し出され、少しびっくりした。
 急、というわけでもないのに。自分がまだ例のフィギュアの件を覚えているのが、少し悔しい。
 観念のため息を吐いて、勝一はゲームコーナーの近くに足を踏み出した。クレーンのコーナーはそこまで広くなく、外側からもよく見えた。
 こんな中途半端なゲームコーナーに、例のフィギュアが置いてあるはずが――――――あった。
 当たり前みたいに、タダシが切望していた『エクスタシス・アリアドネ』の花枝はそこにいた。昼には見られなかったが、クレーンの中にはフィギュアがディスプレイされている。青く、うなじでふたつに分かれる、二次元特有の髪型も、たなびく短いマントも、お供の可愛いモンスターも、フィギュアとなって見事に再現されていた。
「…………コアな店員……」
 ぼそっ、と勝一は小さく呟いた。
 さて、自分は今、ISではなく勝一だ。目立たない普通の中学生が、ここでフィギュアを取っている所を見られるのはよろしくない。取った所で、それをどこに持って行くかも、見られずに持って行けるかどうかも問題だ。
『……近いうちにタダシさんに教えとくか』
 それが一番吉だ。
 帰ろう、と振り返った途端、誰かと肩がぶつかった。
「あ……すみませ……」
 ぶつかった女性は、強烈な舌打ちをして、勝一とすれ違うようにゲームコーナーに一直線に向かう。その服装に、印象に、見覚えがあった。
 そして一直線に、あのフィギュアの台に向かう。ひと言も言わずに、花枝のフィギュアの箱を狙うクレーンを動かした。
 少し開いた箱の隙間にアームの爪を引っ掻けるタイプで、その女性が動かしたアームの爪が引っかかると、箱は大きく揺れた。その動作に、グロスが塗られた唇が面白そうにカーブする。
「何コレ、激甘設定じゃん」
 そう呟くや否や、彼女はためらわずに五百円を突っ込み、同じような動作を繰り返して箱を倒し、5分とかからずにフィギュアを取ってしまう。
 終わるかと思えば――――もう一回。
 間違いない。
「あの、すみません、」
「あん?」
 勝一の素振りに、女性の口から低い声が漏れる。ちょうど台に入れたコインが切れて、財布を出している所だった。
 近くによると、バッチリとメイクが決まった目と、ヤンキーじみた若者特有の煙草と変な香水が混じった臭いが襲ってくる。とっさに目を逸らしてしまう程度には、ちょっと怖い。
「何? 厨坊は帰って寝ろよ」
「なんでも、ないですけど……」
「はあ?」
「…………それって乱獲、ですよね」
 勝一がそう言うと、彼女はケラケラと笑って、台を軽く叩いた。
「店にとっては誰が金使おうがカンケーないじゃん。欲しいなら、アタシが来る前に取っちまえばいーの。わかる?」
「でも、来れなかったら――――」
「っさいなあ。店員に入荷数少ねーって文句入れるくらいできない? つか、こんなゲームのフィギュアで喜ぶとか、オタクってキモいわー」
「いらないんですか?」
「取った物どうしようが、アタシの勝手でしょ」
 キッパリと言って、彼女はまたコインを入れる。
「ま、この台はあと5個だから……根絶やすかもねー。あとでアタシがトイレ行く時にでも取ればいーじゃん。その間にアンタが取れば文句ないし? つか自分が取れないから、とか? 僻まないでくれる?」
「…………」
「釣鐘先輩~♪」
 変に甘えた声がすると思ったら、後ろからふわふわの茶髪にルーズソックスの、少し田舎臭い女子高生が走ってくる。
「やっぱゲームコーナーっすよねー! ってか、もう取っちゃってるんすか? 早っ! 流石先輩~!」
「車に同じのが8個くらいあるよ~?」
「マジすか!? ヤッバ! あ、先輩! クレーンっていったら、来週むちゃくちゃレアなフィギュアが出るらしいっすね!」
「ナニソレ、知らない」
「来週行きましょうよー、せーんぱーいー」
「ハイハイ」
 釣鐘先輩、と呼ばれた彼女は、得意げにクレーンを動かした。
 肩をすくめてその場を離れる勝一を見て、後から来た女子高生が首を傾げる。
「今の知り合いっすか?」
「んー……んーん、」
 エスカレーター付近の鏡でも視認できるほど、彼女の唇は鮮やかなピンク色だった。
「知ぃらなーい♪」



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プロフィール

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奏 Euph
割となんでもやる、活動的な魚類。
狐狸・二ノ宮翼・塵芥・ラピなど、名前がたくさんあります。
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