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1.俺の嫁はお姫様

第十九幕

禁断の場所

 午後の授業はお腹が膨れていたこともありほとんど寝ていた。たまにさくらに指でつんつんとされて目を覚ますのだが、この生温かい空気と満腹感は俺を昏睡の世界へと連れて行くのだ。
 やがて突かれているという感触も感じなくなり、うっすらと目を冷ませば帰りのホームルームが終わったところ。高校二年になってから午後の授業なんて片手の指の数だけで数えられるほどしかないんじゃないか。ま、大学だって何処行きたいか決まってないし、しばらくはゆったりと授業を受けていてもいいかな。なんて生ぬるいことを考えているのはいつものこと。
 まだ頭がぼうっとするが、そろそろ絵美の方を解決しないと不味いんだったな。
 最後まで絵美は学校に来なかった。
 体は弱くないし、学校でいじめられているわけでもない。何より、学校を休むことに結構な抵抗を覚えるやつなので、ずる休みなんてことはないだろう。
 さすがにこれは心配になってくるというものだ。
「でも、まずわ……」
 俺はうーんと唸って背伸びをした。これをしないと眠気が吹っ飛ばないんだよな。
そういえば、帰る時になるといつもさくらが誘ってきたよな。そう思って、 隣の席を見てみるのだが、
「あれ? さくら今日は帰ったのか?」
 さくらの姿はすでになく、机の横に掛けてあるはずの鞄もなかった。どの道いたとしても断るつもりだったので、断らなくてすんだという点においてはラッキーだったのかもしれない。
「あんまり断るのも悪いからな。明日は俺から誘ってみよう」
 俺はそう軽く呟いて教室を後にした。

  *         *         *         *

 さてはて、今俺は絵美の家の前に立っている。思いつきで来てしまったがメールかなんかで事前連絡をしておけば良かったな。
 はっきり言って非常に入りづらい。インターホンを押してさっさと入ってしまえばいいのに、体が自由に動かない。金縛りにあった状態で脳だけが動いているという風に想像してくれると分かりやすいだろう。
 ただずっとここにいるわけにもいかない。近所で変な噂が立ったら本末転倒だからな。要は不審者に見られてしまうのではないかってことだ。
 かれこれ十分こうしていたのだろうか。不意に後ろから陽気な声が聞こえてきた。
「あら? 光司ちゃんじゃないの?」
 声のする方へ体を向けるとそこには絵美のお母さんである秋穂さんが立っていた。運がいい。ついている。これなら自然に家に上がり込めるというものだ。
「お久しぶりです。秋穂さん。絵美は家にいますか?」
「いるわよ。何か珍しく体調崩しちゃって。明日は雪でも降るのかしらね」
 いやいや、さすがに夏が近づく春という季節に雪は降らないと思いますよ。忘れてたけど、秋穂さんって超が付くほどの天然さんだったような……。
 まあ、今は家に上がることが先決だな。俺は一つ咳払いをしてから、
「俺も心配なんで様子を見に来たんです。家に上がってもいいですか?」
 と言って洒落込もうと試みた。こんな前置きなんていらなかったかもしれないが、親しき仲にも礼儀ありというように、俺もこういうことはきちんとしておきたいからな。
「ええ、いいわよ。絵美もきっと喜ぶだろうから」
「ありがとうございます」
 無事に入ることのできた堀内邸。しかし問題はここからだ。カイリの話によれば現在の絵美の心境はかなり良くないことになっているだろう。ちょっとでも刺激したら凶暴な犬みたいに噛み付いてくるかもしれない。
 ちなみに刺激物は俺自身。なので餌は用意してきた。餌というと聞こえが悪いな。言い換えるならば……お見舞いの品? みたいな。後はどれだけ食いついてくれるかなんだよな。
 そして件の絵美がいる部屋の前に到着。部屋の前まで来たら突っ立ている訳にもいかない。俺は覚悟を決めてトントンと扉を叩いてみた。
「おーい、絵美。見舞いに来てやったぞ」
「……」
 寝ているのだろうか。扉を閉めていても聞こえるぐらいの音量を出したのだが返事がない。さすればもう一度。
「おい、絵美。寝てるのか?」
 ふと思った。寝ているかもしれない相手に寝ているのかって変だな。だがしかし、どちらにしても返事はない。
 俺も無言になってみる。
「……」
 状況は変わらない。どうしようもないので強行手段に。
「絵美? 俺は断ったからな。入るぞ」
 言い訳をしながら扉を開けるといった何とも情けないことになってしまったが、この場合はむしろ情けなさすぎるくらいの方がいいのだ。だって女の部屋に無断で入ったなんてことになったらその後どうなるんだよ。
 一生変態のレッテル貼られて学校に行くだけで主に女性陣からの視線がちくちくと刺さって、いてもたってもいれれなくなるに違いないんだ。
 そんなの俺は御免だね。ああ、御免だ。
 扉を開け終えると部屋の全貌が明らかになった。ベッドの蒲団が盛り上がっていたので絵美が寝ているということが分かった。
 俺は絵美が寝ていることを確認したのでそれ以上は踏み込むまいと思い、立ち去ろうとした。
 すると、寝ていたはずの絵美がむっくりと起き上がってきたのだ。
 冬眠中の熊って起こしたらどうなるんだっけ……。そんなことを考えたら無性に逃げ出したくなったのだが、
「来てくれたの?」
 という絵美の口から出た言葉は俺を一気にまともな現実世界へと引き戻すのであった。
「ああ、絵美が学校休むなんて珍しいからな」
「そう……ありがと」
 熱があるのかもしれない。絵美がこんなにも大人しいなんて、ありえない。ありえなさ過ぎて逆に落ち着かない。
 いやしかしこれはチャンスだ。今謝ればどんなことだって許してくれるだろう。どうしてこんな世迷言を考えたのか分からないが、不思議とそう感じてしまう何かがあったのかもしれない。
「昨日、一昨日のことなんだけどさ、その、一緒に帰れなくてごめんな」
 俺にしては素直に謝れたほうだと思う。これなら許してくれるはず……。
「それ言いにわざわざ来てくれたの?」
「ま、まあな」
 うわっ、やりづらいなおい。普段突っ張ってる癖にこんな一面見せられたら厳しいって。
「ん……ありがと」
 絵美は少し俯いてそう言った。頬が赤いのは熱があるからだよな?
「じゃ、俺はそろそろ帰るから……」
「もう帰っちゃうの……ん、来てくれてありがとね」
「ど、どういたしまして。また明日学校でな」
 そう言い終えたころにはすでに踵を返し動き出していた。
 耐えられなかった。
このままあの場にいたらおかしくなってしまう。そう思ったのだ。俺は理性なんて皇后しいものを持っているわけでもない。きっと獣のように絵美を襲ってしまうだろう。襲うまではいかないかもしれないが、抱きしめてしまいそうだった。あの、か細い肩を抱きしめたくなってしまった。
 今、考えなおしてみてもこの感情が何故浮き出てきたのかが理解できない。
 どうしてこんなにも俺の心臓ばドキドキするのだろう。もう絵美のことは好きとかそういう対象でみないって決めたのに、どうして。
普段あまり見えていない部分が見えると嬉しくなるとかいう感情なのかもしれない。でも分からない。
 絵美には好きな人がいるんだぞ。なのに俺は……。
「やっぱり距離は置いておくべきなのかもな……」
 外には生温かい風が吹いていて、俺の声はその風に流されそっと消えていった。

プロフィール

凍空 瑛
最近時間がなくて書けていませんでしたが、また時間ができたので、再開しました。どうぞ、よろしくお願いします。
ブログもやってるので、暇ならどぞ、寄っててください。
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