碧ちゃんの話
1 小岩井 碧
1
気が付くと腕に傷が出来ていた。
前腕の肘に近いところから中程までの10cm程の裂傷。
ここまで歩いてくる中の何処かで引っ掛けでもしたのだろうが、どこで付けたのかとんと見当がつかない。
塀際を歩けば突き出した金具にでも引っ掛けて傷が付いてもおかしくはないが、引っ掛ける程に道の端を歩いた記憶もないし、張り出した枝などあれば流石に無意識にでも避けるはずだ。
そもそも傷が付いているのは右腕、車道側だ。傷が付くような物など無いし、対向者とぶつかる程に道が混んでもいない。
考えて見ても心当たる事はない。
滲む程度の傷から出た血が手の甲まで届いている事を考えれば、付いてから既にそれなりの時間が経っている筈だが、今まで傷が付いている事になど気付かなかった。
痛いと思ったのも、傷に気付いた今になってからだ。
……まぁ、良いか。
流れ出た血を舐めても鉄と肌に滲む汗の塩の味がするだけで、落ちはしない程度に乾いている。今更服を汚すようなこともないだろう。
右腕は一応利き腕でしばらくは引き攣るかもしれないが、左手でも箸くらいは使えるから問題もない。
痛いと言っても然してではないし、気にしなければ忘れる程度の事だ。
真夏の日差しに照らされた全身を覆う汗が沁みているが、それも特に気になっているわけでもない。
別段困りもしない。
きっと自分の様な鈍い者が、こうして何時の間にやら付けたか解らぬ傷を訝しんで、鎌鼬という解答を創り出したのだろう。
物心ついた時には既にこうだった。
痛いという物は解る。だがそれは自分の身に起きているのだという実感のない物。
触れるという事は出来る。だがそれは水面の月に触れて波で掻き消すような取り留めのない物。
見るという事は出来る。だがそれは焼き付いたテレビの画面を見るような色の褪せた物。
自分にとって現実とは、別の世界を覗き見ているような、位置のみが合って次元が違っている物を垣間見ているような現実感のない物だった。
まぁ、別に良い。支障があるわけでもない。
今まで生きて来てそれで困ったこともない。
と言うよりも、自分が特別というわけでもあるまい。みんなそうなのだろう。
みんな同じ感覚でいて、ただそれを普通と、これが現実だと感じているだけなのだろう。
自分の考え過ぎなのに違いない。現実とはもっと現実感がある物なのだという、想像が勝り過ぎなのに違いない。
いつものように。
どうでもいい傷から目を逸らし、前を向いて歩きだそうとした時に気が付いた。
目の前の十字路を横切って、少女がいた。
碧い少女だった。
前腕の肘に近いところから中程までの10cm程の裂傷。
ここまで歩いてくる中の何処かで引っ掛けでもしたのだろうが、どこで付けたのかとんと見当がつかない。
塀際を歩けば突き出した金具にでも引っ掛けて傷が付いてもおかしくはないが、引っ掛ける程に道の端を歩いた記憶もないし、張り出した枝などあれば流石に無意識にでも避けるはずだ。
そもそも傷が付いているのは右腕、車道側だ。傷が付くような物など無いし、対向者とぶつかる程に道が混んでもいない。
考えて見ても心当たる事はない。
滲む程度の傷から出た血が手の甲まで届いている事を考えれば、付いてから既にそれなりの時間が経っている筈だが、今まで傷が付いている事になど気付かなかった。
痛いと思ったのも、傷に気付いた今になってからだ。
……まぁ、良いか。
流れ出た血を舐めても鉄と肌に滲む汗の塩の味がするだけで、落ちはしない程度に乾いている。今更服を汚すようなこともないだろう。
右腕は一応利き腕でしばらくは引き攣るかもしれないが、左手でも箸くらいは使えるから問題もない。
痛いと言っても然してではないし、気にしなければ忘れる程度の事だ。
真夏の日差しに照らされた全身を覆う汗が沁みているが、それも特に気になっているわけでもない。
別段困りもしない。
きっと自分の様な鈍い者が、こうして何時の間にやら付けたか解らぬ傷を訝しんで、鎌鼬という解答を創り出したのだろう。
物心ついた時には既にこうだった。
痛いという物は解る。だがそれは自分の身に起きているのだという実感のない物。
触れるという事は出来る。だがそれは水面の月に触れて波で掻き消すような取り留めのない物。
見るという事は出来る。だがそれは焼き付いたテレビの画面を見るような色の褪せた物。
自分にとって現実とは、別の世界を覗き見ているような、位置のみが合って次元が違っている物を垣間見ているような現実感のない物だった。
まぁ、別に良い。支障があるわけでもない。
今まで生きて来てそれで困ったこともない。
と言うよりも、自分が特別というわけでもあるまい。みんなそうなのだろう。
みんな同じ感覚でいて、ただそれを普通と、これが現実だと感じているだけなのだろう。
自分の考え過ぎなのに違いない。現実とはもっと現実感がある物なのだという、想像が勝り過ぎなのに違いない。
いつものように。
どうでもいい傷から目を逸らし、前を向いて歩きだそうとした時に気が付いた。
目の前の十字路を横切って、少女がいた。
碧い少女だった。
1/84
- アクセス数

- ページビュー数

プロフィール
- 名前
- 未田 尚(まだ なお)
- 通称
- にゃー
- お仕事募集ちう。
- 文章を書く関係ならなんでも。
連絡は「お問合せ」まで。
携帯用QRコード