碧ちゃんの話
3 西村 妙
1
幼い頃、それこそ物心ついてすぐの頃、生まれて初めての注射が怖くて大泣きしたことがある。
あれは記憶がはっきりしているから小学校低学年か、多分幼稚園の頃だったと思う。
鋭く尖った針が自分の体を傷付けるのが怖かった。鈍く光る鉄の塊が自分の体の中に入るのが悍ましかった。
本当に細い細い針でしかないそれは自分の中では異様に大きく感じられ、自分の腕よりもはるかに太くしか思えなかった。
こんなものが刺されば、自分の腕など千切れ跳んでしまう。
まして、そこから得体の知れないナニカを体内に注ぎ込まれるのだ。
それは本当に薬なのだろうか。毒か何かではないのだろうか。身の毛のよだつような蟲が入っていて、自分の体に巣食って内側から食い破って出て来るのではないか。それとも脳を乗っ取って自分の意思に反して体を操り出すのではないか。
よしんば薬だったとしても、それが良い薬であるとは限らないのではないか。自分は人体実験の材料にされているのではないか。体が変異して、自分が自分ではない物になってしまうのではないか。
もしも良い薬だったとしても、量は正しいのだろうか。必要量よりも過分に打ち過ぎて命に関わるのではないか。内側からボコボコと沸騰してはじけ飛んでしまうのではないか。
その全てで問題なかったとしても、注射の中に空気が入ってしまっていれば、やはり死ぬ。
全ての可能性を考えれば、無事でいられる結末など殆ど存在しない。
抵抗は、かなり激しかったと思う。本人からしてみれば生きるか死ぬかの瀬戸際だったのだ。
しかしそんな幼い子供の抵抗が何時までも続くわけも無く。
焦れた親に押さえつけられて、無理矢理注射を打たれることになった。
もう恐怖と、他でもない親に押さえつけられての事実上の死刑執行の絶望以外、何も存在していない。
余りの恐怖に、針の刺される腕から目を逸らす事すら出来ずにしゃくりあげながら、その瞬間を見詰め続け──
何も、起きなかった。
針の刺さった瞬間を見ていたのに、ちくりとすらしなかった。
興奮のあまりなのか、医師の腕が良かったのか。いずれにしても、こうなると想像していたモノとのあまりの違いに、自分でもわかる程に真顔になったことだけは覚えている。
頭の中でどれだけの恐怖に襲われようと。頭の中でどれだけの絶望に苛まれようと。
世は並べてことも無し。
世界は、自分の頭の中にある物とは違っているのではないか。
そう気付き始めたのは、その頃だったのだと思う。
それは、世界が悪いのではない。世界はただ平和にあるだけで、自分の想像が過多すぎるだけなのだ。
全て、自分が悪いのだ。
だから、注射は嫌いではない。
どうせ、殆ど何も感じないのだから。
それでも、献血用の太い針が刺されば、ちくりとくらいはする。
血を抜かれる脱力感は、地に足が付かないのがそのせいなのか、それ以外のナニカが理由なのか、わからなくさせてくれる。
何よりも、献血で他人の役にたっているという気持ちが、この世界と関わっているのだと思わせてくれる。
だから、献血が出来る年齢になってからは出来るだけ小まめに行く様にしている。
毎回400mLの全血で。
勿論、針の刺さる瞬間は、その様子をじっと見詰めて。
あれは記憶がはっきりしているから小学校低学年か、多分幼稚園の頃だったと思う。
鋭く尖った針が自分の体を傷付けるのが怖かった。鈍く光る鉄の塊が自分の体の中に入るのが悍ましかった。
本当に細い細い針でしかないそれは自分の中では異様に大きく感じられ、自分の腕よりもはるかに太くしか思えなかった。
こんなものが刺されば、自分の腕など千切れ跳んでしまう。
まして、そこから得体の知れないナニカを体内に注ぎ込まれるのだ。
それは本当に薬なのだろうか。毒か何かではないのだろうか。身の毛のよだつような蟲が入っていて、自分の体に巣食って内側から食い破って出て来るのではないか。それとも脳を乗っ取って自分の意思に反して体を操り出すのではないか。
よしんば薬だったとしても、それが良い薬であるとは限らないのではないか。自分は人体実験の材料にされているのではないか。体が変異して、自分が自分ではない物になってしまうのではないか。
もしも良い薬だったとしても、量は正しいのだろうか。必要量よりも過分に打ち過ぎて命に関わるのではないか。内側からボコボコと沸騰してはじけ飛んでしまうのではないか。
その全てで問題なかったとしても、注射の中に空気が入ってしまっていれば、やはり死ぬ。
全ての可能性を考えれば、無事でいられる結末など殆ど存在しない。
抵抗は、かなり激しかったと思う。本人からしてみれば生きるか死ぬかの瀬戸際だったのだ。
しかしそんな幼い子供の抵抗が何時までも続くわけも無く。
焦れた親に押さえつけられて、無理矢理注射を打たれることになった。
もう恐怖と、他でもない親に押さえつけられての事実上の死刑執行の絶望以外、何も存在していない。
余りの恐怖に、針の刺される腕から目を逸らす事すら出来ずにしゃくりあげながら、その瞬間を見詰め続け──
何も、起きなかった。
針の刺さった瞬間を見ていたのに、ちくりとすらしなかった。
興奮のあまりなのか、医師の腕が良かったのか。いずれにしても、こうなると想像していたモノとのあまりの違いに、自分でもわかる程に真顔になったことだけは覚えている。
頭の中でどれだけの恐怖に襲われようと。頭の中でどれだけの絶望に苛まれようと。
世は並べてことも無し。
世界は、自分の頭の中にある物とは違っているのではないか。
そう気付き始めたのは、その頃だったのだと思う。
それは、世界が悪いのではない。世界はただ平和にあるだけで、自分の想像が過多すぎるだけなのだ。
全て、自分が悪いのだ。
だから、注射は嫌いではない。
どうせ、殆ど何も感じないのだから。
それでも、献血用の太い針が刺されば、ちくりとくらいはする。
血を抜かれる脱力感は、地に足が付かないのがそのせいなのか、それ以外のナニカが理由なのか、わからなくさせてくれる。
何よりも、献血で他人の役にたっているという気持ちが、この世界と関わっているのだと思わせてくれる。
だから、献血が出来る年齢になってからは出来るだけ小まめに行く様にしている。
毎回400mLの全血で。
勿論、針の刺さる瞬間は、その様子をじっと見詰めて。
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プロフィール
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- 未田 尚(まだ なお)
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- にゃー
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