碧ちゃんの話
2
「あ」
目の前に見覚えのある後ろ姿を見つけて、思わず声を上げた。
去って行くあの少女の姿を、まるで隠すかのように後ろについて歩いていた背中。耳が隠れる程度のショートカットの、少し茶色がかった髪越しに覗く、白いヘッドドレス。
それ程大きな声ではなかった筈だが、それに気付いたのだろう。そのメイド姿が立ち止まり、こちらへと振り向いた。
「えっと……」
思わず戸惑う。
別に呼び止めたわけではないし、そもそも声を出してしまったのもわざとではない。足を止められても、用事などある筈もない。
そのメイド──この場合は職業としてではなく、個人をさすのだから敬称をつけてメイドさんと呼ぶことにしよう──そのメイドさんは、こちらに気付くと訝し気な顔をした。
不審気というよりは、記憶の隅に引っ掛かる違和感を感じたという表情。
恐らく何かを思い出そうと首を捻り……急に、まるで苦虫をかみ潰したような顔になった。
ほぼ通りすがりでしかない自分を覚えていないというのなら当然だ。だが、だからこそあんな表情をされる理由がわからない。
何かしてしまったのかと悩んだが、何かするも何も、会話どころか多分視線が合ってすらいなかったと思う。
友好的とはまるで真逆の態度だが、こちらが声を出したことに相手が反応したのだ。なのにそのまま無視して行くわけにもいかず、かと言って具体的に出来る事もなく。とりあえず、曖昧気味に頭を下げた。
メイドさんはしばらくの間、どう対応するか悩むように視線を巡らせていたが、無難に済ませることにしたのだろう。
それまでの表情を一瞬で消して、あの少女の背後にいた時と同じ澄ました顔に戻ると、軽く会釈をして踵を返し立ち去って行った。
訳が分からず首を捻る。初対面の相手から嫌われるのには慣れているが、ここまであからさまな態度を取られたのは流石に初めてだ。自分で気付かない内に何かしてしまっていたのならば申し訳ないと思う。
とはいえ理由もわからないのでは謝る事も出来ないし、そもそももう会う事もあるまい。あの様子では、向こうも謝られるよりも会わないでいられる方が良いに違いない。
尤も、今のも会ったと言える程、関わりが有ったわけでもないのだが。
追いついてしまわないように、少し間を開けてからゆっくりと歩き始める。とは言っても目的地はすぐそこの、いつも通っている食料品店だ。ゆっくり歩いても直ぐについてしまう。
歩きながら空を見上げる。
昨日と同じ、紺碧の空。少し二日酔いの残る頭にはあまりにも眩し過ぎる。
見上げる視界のその真中に浮かぶ、孤高の太陽。
過酷で苛烈で苛辣で、しかしそれがなければ人間が生きてはいけないそれは、厳しい優しさを持ってそこにある。
まだ午前中とはいえ、太陽が完全に昇った真夏の昼の日差しはかなり激しい。
肌が火照り、汗が滲み、頭が茹る。心では何も感じなくても、体はこの世界に生きている。
何故か少しだけ、ほっとした。
肌を刺すような炎天下から涼しい店内に入る。冷房は余り好きではないのだが、この火照った体を冷ます事が出来るのは純粋にありがたい。
入り口に並べられたカートを見て、使おうかと少し悩んだが、考えてみればそれが必要な程に大量に買い込むわけではない。それどころか籠すらいらないだろう。
予定外に買う物が増えればその時に取って来れば良い、と、とりあえず手ぶらで店内を歩き出す。
買う物は大凡決まっているので然程時間は──
「あ」
今度のその声は同時だった。商品棚で区切られた脇の通路から今見たばかりの姿が現れ、これも同時に足を止める。
お互いにどうしていいのかわからず、ただ顔を見合わせた。
が、それも一瞬。そのメイドさんは、今度はこちらが何をする間もなく、そのまま立ち去って行った。
それがかなりの速足だったのは、きっと自分の思い違いではないだろう。
理由はわからないが、申し訳ない事をした。
何が申し訳ないのかすら、わからないけれど。
多分、あのメイドさんは買い物をする為にここに来たのだろう。ならば、これ以上顔を合わせない為に、出来るだけ早くここを出た方がいい。
通い慣れた食料品店だ。どこに何があるのかくらいはわかる。
本当は一通り見て回るくらいはしようと思っていたが、目当ての物だけを買ってそのまま店を出た。
目の前に見覚えのある後ろ姿を見つけて、思わず声を上げた。
去って行くあの少女の姿を、まるで隠すかのように後ろについて歩いていた背中。耳が隠れる程度のショートカットの、少し茶色がかった髪越しに覗く、白いヘッドドレス。
それ程大きな声ではなかった筈だが、それに気付いたのだろう。そのメイド姿が立ち止まり、こちらへと振り向いた。
「えっと……」
思わず戸惑う。
別に呼び止めたわけではないし、そもそも声を出してしまったのもわざとではない。足を止められても、用事などある筈もない。
そのメイド──この場合は職業としてではなく、個人をさすのだから敬称をつけてメイドさんと呼ぶことにしよう──そのメイドさんは、こちらに気付くと訝し気な顔をした。
不審気というよりは、記憶の隅に引っ掛かる違和感を感じたという表情。
恐らく何かを思い出そうと首を捻り……急に、まるで苦虫をかみ潰したような顔になった。
ほぼ通りすがりでしかない自分を覚えていないというのなら当然だ。だが、だからこそあんな表情をされる理由がわからない。
何かしてしまったのかと悩んだが、何かするも何も、会話どころか多分視線が合ってすらいなかったと思う。
友好的とはまるで真逆の態度だが、こちらが声を出したことに相手が反応したのだ。なのにそのまま無視して行くわけにもいかず、かと言って具体的に出来る事もなく。とりあえず、曖昧気味に頭を下げた。
メイドさんはしばらくの間、どう対応するか悩むように視線を巡らせていたが、無難に済ませることにしたのだろう。
それまでの表情を一瞬で消して、あの少女の背後にいた時と同じ澄ました顔に戻ると、軽く会釈をして踵を返し立ち去って行った。
訳が分からず首を捻る。初対面の相手から嫌われるのには慣れているが、ここまであからさまな態度を取られたのは流石に初めてだ。自分で気付かない内に何かしてしまっていたのならば申し訳ないと思う。
とはいえ理由もわからないのでは謝る事も出来ないし、そもそももう会う事もあるまい。あの様子では、向こうも謝られるよりも会わないでいられる方が良いに違いない。
尤も、今のも会ったと言える程、関わりが有ったわけでもないのだが。
追いついてしまわないように、少し間を開けてからゆっくりと歩き始める。とは言っても目的地はすぐそこの、いつも通っている食料品店だ。ゆっくり歩いても直ぐについてしまう。
歩きながら空を見上げる。
昨日と同じ、紺碧の空。少し二日酔いの残る頭にはあまりにも眩し過ぎる。
見上げる視界のその真中に浮かぶ、孤高の太陽。
過酷で苛烈で苛辣で、しかしそれがなければ人間が生きてはいけないそれは、厳しい優しさを持ってそこにある。
まだ午前中とはいえ、太陽が完全に昇った真夏の昼の日差しはかなり激しい。
肌が火照り、汗が滲み、頭が茹る。心では何も感じなくても、体はこの世界に生きている。
何故か少しだけ、ほっとした。
肌を刺すような炎天下から涼しい店内に入る。冷房は余り好きではないのだが、この火照った体を冷ます事が出来るのは純粋にありがたい。
入り口に並べられたカートを見て、使おうかと少し悩んだが、考えてみればそれが必要な程に大量に買い込むわけではない。それどころか籠すらいらないだろう。
予定外に買う物が増えればその時に取って来れば良い、と、とりあえず手ぶらで店内を歩き出す。
買う物は大凡決まっているので然程時間は──
「あ」
今度のその声は同時だった。商品棚で区切られた脇の通路から今見たばかりの姿が現れ、これも同時に足を止める。
お互いにどうしていいのかわからず、ただ顔を見合わせた。
が、それも一瞬。そのメイドさんは、今度はこちらが何をする間もなく、そのまま立ち去って行った。
それがかなりの速足だったのは、きっと自分の思い違いではないだろう。
理由はわからないが、申し訳ない事をした。
何が申し訳ないのかすら、わからないけれど。
多分、あのメイドさんは買い物をする為にここに来たのだろう。ならば、これ以上顔を合わせない為に、出来るだけ早くここを出た方がいい。
通い慣れた食料品店だ。どこに何があるのかくらいはわかる。
本当は一通り見て回るくらいはしようと思っていたが、目当ての物だけを買ってそのまま店を出た。
11/84
- アクセス数

- ページビュー数

プロフィール
- 名前
- 未田 尚(まだ なお)
- 通称
- にゃー
- お仕事募集ちう。
- 文章を書く関係ならなんでも。
連絡は「お問合せ」まで。
携帯用QRコード