碧ちゃんの話
4
実のところを言えば、不審者の背後を取ったのならば、相手に余計な事をさせない為にその状態のままで尋問するか、可能ならば腕を捻り上げるなどして無力化するべきだ。なのにわざわざ振り向かせ、いわば自分を危機にさらしてまで弁明の機会を与えている。
相手が不審者ではあっても一方的に断じはせずに、相手のことを考えている。
きっと、優しい人なのだろう。
勿論、この場に護衛対象であるあの少女がいれば、話はまた違うのだろうけれど。
などと呑気に考えていた目の前で、メイドさんの表情が凍った。
何か不味い事を言ったのだろうか。言ったのだと思う。でなければ、先程迄の和解の雰囲気からこうはなるまい。
が、考えて見ても何故こうなったのか、それがわからない。
「……私はただのメイドです。が──何故そう思ったのか、参考までにお聞かせ願えますか?」
「何故?」
と言われて何を聞きたいのか、と首を捻る。
「何故私がSPだなどと思ったのか、です」
「何故も何も──」
と言い掛けて、気付いた。多分、本人は自分がどんな行動をしたのかわかっていないのだろう。
でなければ、こんな素人に気付かれるようなことはない筈だ。
無意識の内にしてはいけない事をしてしまって、客観では見られない自分自身のことだからこそ、そのことを自分では気付かないということはよくある事だ。嫌という程覚えがある。
だとしたら、それを教えるべきだろう。
教えない理由もないし、そのせいでこの人が危険な目に合うこともあるかもしれない。
なによりそのせいでこの人の護衛対象──あの少女に何かあったら、悔やんでも悔やみきれない。
「動きから見て、武道か何かしてますよね。正道な感じがしないから実戦系の格闘技だと思っていましたが、この間合いだと剣道……剣術かな」
メイドさんが自分で立ち止まり、こちらを振り向かせた距離。当然それは、自分が不審者と相対するのに一番得手だと判断した距離。
しっくりくる……よりは少しだけ近い距離。女性剣道は、或いは組み打ち有りの実践的な剣術はこうだと言われれば納得のいく間合い。
「それに、視線が自分の主人ではなく、周囲に向いていました」
メイドであれば、主人の望みを先取りして叶える為に、その一挙手一投足に注意を払う物だろう。
だが、昨日のこのメイドさんはそうではなかった。
勿論主人にも向けられていたが、それはあくまで状態を確認する程度の物で、その殆どは周囲の様子を窺う……警戒に向けられていた。
「それから立ち位置が、明らかに自分の主人を守る位置だったので」
このメイドさんは、昨日、あの少女の常に左後ろに立っていた。
右利きの暴漢が背後から迫った場合、右手に持った刃物を相手に突き立てるには左後ろに位置取らなければならない。その右後ろに誰かがいれば、それを避ける為に大きく回り込まねばならず、僅かでも時間を稼げる上に不審な動きに気付き易くなる。
邪魔な自分が先に刺されるなら、それはそれで護衛対象を守れるのだから問題はない。
なのに、こちらに背を向けた時にはその視線から隠すかのように真後ろに立った。
それは、警戒対象が周囲の全ての物からこちらへと変わったから。
だから、どれが危険なのかわからない物への汎用的な立ち位置から、一番危険な物に対する盾となる位置へと移動したのだ。
「でも、それだけだったら護衛を兼ねているだけのメイドだと思ったかもしれません。確信したのは──彼女に話しかける前に、右手を動かして、すぐにやめたでしょう?」
あの時、少女の背後でぴくりと右手を動かしたあの動き。
あれがなければ、もしかしたら護衛をしているのだという事にも気付いていなかったかも知れない。
「体の前面に向けてではなく、真上に上げようとした動きとその後の行動から言って、あれは右耳のイヤホンからの指示をよく聞こうと抑えようとしたのを隠す為に、途中でやめたんですよね。護衛を兼ねていてもメイドならイヤホンで常時通信出来るようにしてるということはないでしょうし、してるとしてもそれを隠す理由はないはずです。だから、護衛を兼ねたメイドなのではなく、メイドに偽装したSPなんだと思ったんです」
勿論そんなものはあくまで状況証拠でしかないし、そもそも自分が見誤っていたのならそれ以前の話だ。
その場合気恥しくはあるが、そういう見方もある……という問題提起になってこの人達の身を守る為に僅かでもなるのなら十分だろう。
話を聞いたメイドさんは、しばらく考え込むように視線を巡らせていたが、やがてその姿に似つかわしくない様子で頭をがしがしと掻くと、はぁーっ、と大きく溜息を吐いた。
「一生懸命やって、上手く出来てるつもりだったんだけどな。やっぱり一筋縄じゃ行かねぇってことか」
その様子は、それまでの良家のメイド然とした姿をかなぐり捨てて自らの地を曝け出したという、そんな姿だった。
相手が不審者ではあっても一方的に断じはせずに、相手のことを考えている。
きっと、優しい人なのだろう。
勿論、この場に護衛対象であるあの少女がいれば、話はまた違うのだろうけれど。
などと呑気に考えていた目の前で、メイドさんの表情が凍った。
何か不味い事を言ったのだろうか。言ったのだと思う。でなければ、先程迄の和解の雰囲気からこうはなるまい。
が、考えて見ても何故こうなったのか、それがわからない。
「……私はただのメイドです。が──何故そう思ったのか、参考までにお聞かせ願えますか?」
「何故?」
と言われて何を聞きたいのか、と首を捻る。
「何故私がSPだなどと思ったのか、です」
「何故も何も──」
と言い掛けて、気付いた。多分、本人は自分がどんな行動をしたのかわかっていないのだろう。
でなければ、こんな素人に気付かれるようなことはない筈だ。
無意識の内にしてはいけない事をしてしまって、客観では見られない自分自身のことだからこそ、そのことを自分では気付かないということはよくある事だ。嫌という程覚えがある。
だとしたら、それを教えるべきだろう。
教えない理由もないし、そのせいでこの人が危険な目に合うこともあるかもしれない。
なによりそのせいでこの人の護衛対象──あの少女に何かあったら、悔やんでも悔やみきれない。
「動きから見て、武道か何かしてますよね。正道な感じがしないから実戦系の格闘技だと思っていましたが、この間合いだと剣道……剣術かな」
メイドさんが自分で立ち止まり、こちらを振り向かせた距離。当然それは、自分が不審者と相対するのに一番得手だと判断した距離。
しっくりくる……よりは少しだけ近い距離。女性剣道は、或いは組み打ち有りの実践的な剣術はこうだと言われれば納得のいく間合い。
「それに、視線が自分の主人ではなく、周囲に向いていました」
メイドであれば、主人の望みを先取りして叶える為に、その一挙手一投足に注意を払う物だろう。
だが、昨日のこのメイドさんはそうではなかった。
勿論主人にも向けられていたが、それはあくまで状態を確認する程度の物で、その殆どは周囲の様子を窺う……警戒に向けられていた。
「それから立ち位置が、明らかに自分の主人を守る位置だったので」
このメイドさんは、昨日、あの少女の常に左後ろに立っていた。
右利きの暴漢が背後から迫った場合、右手に持った刃物を相手に突き立てるには左後ろに位置取らなければならない。その右後ろに誰かがいれば、それを避ける為に大きく回り込まねばならず、僅かでも時間を稼げる上に不審な動きに気付き易くなる。
邪魔な自分が先に刺されるなら、それはそれで護衛対象を守れるのだから問題はない。
なのに、こちらに背を向けた時にはその視線から隠すかのように真後ろに立った。
それは、警戒対象が周囲の全ての物からこちらへと変わったから。
だから、どれが危険なのかわからない物への汎用的な立ち位置から、一番危険な物に対する盾となる位置へと移動したのだ。
「でも、それだけだったら護衛を兼ねているだけのメイドだと思ったかもしれません。確信したのは──彼女に話しかける前に、右手を動かして、すぐにやめたでしょう?」
あの時、少女の背後でぴくりと右手を動かしたあの動き。
あれがなければ、もしかしたら護衛をしているのだという事にも気付いていなかったかも知れない。
「体の前面に向けてではなく、真上に上げようとした動きとその後の行動から言って、あれは右耳のイヤホンからの指示をよく聞こうと抑えようとしたのを隠す為に、途中でやめたんですよね。護衛を兼ねていてもメイドならイヤホンで常時通信出来るようにしてるということはないでしょうし、してるとしてもそれを隠す理由はないはずです。だから、護衛を兼ねたメイドなのではなく、メイドに偽装したSPなんだと思ったんです」
勿論そんなものはあくまで状況証拠でしかないし、そもそも自分が見誤っていたのならそれ以前の話だ。
その場合気恥しくはあるが、そういう見方もある……という問題提起になってこの人達の身を守る為に僅かでもなるのなら十分だろう。
話を聞いたメイドさんは、しばらく考え込むように視線を巡らせていたが、やがてその姿に似つかわしくない様子で頭をがしがしと掻くと、はぁーっ、と大きく溜息を吐いた。
「一生懸命やって、上手く出来てるつもりだったんだけどな。やっぱり一筋縄じゃ行かねぇってことか」
その様子は、それまでの良家のメイド然とした姿をかなぐり捨てて自らの地を曝け出したという、そんな姿だった。
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プロフィール
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- 未田 尚(まだ なお)
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- にゃー
- お仕事募集ちう。
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