碧ちゃんの話
7
「それで、どうしてSPになんて……?」
このメイドさんの特性は、見る限り攻撃に偏っているように感じられる。攻撃、それも変則的なそれで相手の行動を封じ、押し切る。
よく言えば臨機応変、悪く言えば行き当たりばったり。そんな形式に見える。
当然防御……護衛に向いているようには見えない。
適材適所の観点から考えれば彼女の能力をもっと生かせる仕事をさせるべきであるし、その方が彼女にとっても『お嬢様』の役に立てる筈だ。
まさか常にお嬢様のお側にいたい、などという理由でもないだろうに。
「……アタシさ、借金があったんだ」
呟きながら、ガーゼやテープを切るのに使った鋏を携帯用の救急箱に仕舞い、使わなかった湿布類と重ねてバッグに収めていく。
「親の会社が潰れてさ。で、もう死ぬしかねぇってなった時に、その時たまたま会っただけの……初対面だったお嬢様が出してくれたんだ。一億」
お嬢様が、という事は、親がとか家がとかではなく、個人でということだろう。
昨日のあの少女を思い出す。お嬢様なのはわかっていたが、年端もいかないという表現に合ったあの少女がそんな金額を動かせるなどとは、流石に理解の範疇外だった。
その一方で、妙に納得している自分もいる。
遥かな彼方遠く、触れる事も窺い知る事も出来ない物だという現実感を持った彼女なら、そんなことがあってもおかしくない。
そんな風に特に疑いなく受け入れられた。
「そん時に、アタシにはそんだけの価値があるって言ってくれたんだよ。初めて会ってまだ三十分も経ってねぇ奴にだぞ?」
メイドさんは、そう言って照れ隠しのように苦笑した。
その三十分でそれだけの価値を見出したのか、それとも自殺を止める為にこれからそうなって見せろと発破をかけたのか、その場を見た訳でもない自分にはわからない。
ただ、千恵理はあの少女のことを、怪我をしている人を見て見ぬふり出来る子ではないと言っていた。
だから、そのどちらでも有り得る。
「だから、アタシは自分にはそれだけの価値があるって証明しなきゃいけないんだ。なによりも、あの時の、アタシに一億かけたお嬢様の目は正しかったってさ。
でもさ、見ての通りアタシは頭悪ぃし学もねぇし、普通に働いても一億なんて一生かけても稼げねぇ。稼げたとしても何十年かかるかわかりゃしねぇ」
それは、一概にそうとは言えないと思う。昨日あの少女の背後に控えていたこの人は、一廉のメイドに見えた。少なくとも、この人を背後に従えている主人は、その格がひとつ上がって見えるくらいには。
今まで聞いた話からすれば、昨日のあの少女……そしてこのメイドさんの仕える家はかなり裕福に違いない。きっと、普通にメイドとして働くだけでも、一億くらいはいずれ稼げるのではないか。
「で、無いアタマ振り絞って考えたんだ。アタシはアレでも、お嬢様の価値は何十億じゃ済まねぇだろ? だったら、お嬢様の命を守ったら一億程度の仕事はしたってことになるんじゃね? ってな」
考えて見る。昨日のあの少女の命を、一億で守れると聞いたらどうするか。借金をして……となれば悩むだろう。返し切れるまで何十年も縛られることになる。金額の問題ではなく、その事実に悩む。
でも、もし手持ちで一億あるのであれば。
それであの少女が、今日もどこかでまっすぐ前だけを見詰めて孤高で在るのだと思えるのならば。一億くらい、払っても良いかなと思える。
勿論、実際にはないからそんな気楽に考えられるという事でしかないのだろうが。
「でも、それならSPに集中した方が良いんじゃ……?」
SPであると気付かれたという事は、SPらしい動きが出来ていたということであり、それはつまり逆に言えばきちんと仕事が出来ているということだ。
SPの重要な仕事のひとつに、抑止力がある。
『SPがいるから襲うのをやめよう』。そう思わせる事で最初から危険自体が起こらないようにする。
なのに、SPであることを隠してメイドに偽装するという事は、暴漢をわざと招き寄せる……自分の価値を証明するために、守るべき対象である筈の自分の主人を囮にしているのだと思われても仕方がない。
勿論、このメイドさんがそんな人ではない事はもうわかっている。
この人は、とても優しい人だ。口では何と言っても相手の事を考えて行動できる人だ。自分の利益の為に筋を違える人でもない。
多分。
「見てわかんだろうけど、アタシってブン殴るのは得意だけど、守るのって苦手だからさ。襲ってきたヤツを返り討ちには出来ても、それまでお嬢様を無傷で守り切れるって、自信を持って言いきれねぇんだよ」
確かに、それは自分も思っていた事だ。
このメイドさんがSPをするのは適材適所ではない、と。
「ましてSPがいるとわかって襲ってくるようなヤツは対策とかちゃんとしてきてるはずだろ? だったら、SPはいなくてメイドだけだって油断させた方が、まだ守り切れる可能性が高いだろ」
例えメイド一人でも、誰か他人がいるとなれば最低限の抑止力にはなる。
襲ってくる側の、一緒にいるのはSPではないから襲おう、から、SPがいても襲おう、までの思考の幅はそう広くない。
その狭い範囲の抑止力に期待するよりは、最悪の事態に対処出来るように備える事を優先する──というのは理解出来る考え方だ。
「……ってお嬢様が」
このメイドさんの特性は、見る限り攻撃に偏っているように感じられる。攻撃、それも変則的なそれで相手の行動を封じ、押し切る。
よく言えば臨機応変、悪く言えば行き当たりばったり。そんな形式に見える。
当然防御……護衛に向いているようには見えない。
適材適所の観点から考えれば彼女の能力をもっと生かせる仕事をさせるべきであるし、その方が彼女にとっても『お嬢様』の役に立てる筈だ。
まさか常にお嬢様のお側にいたい、などという理由でもないだろうに。
「……アタシさ、借金があったんだ」
呟きながら、ガーゼやテープを切るのに使った鋏を携帯用の救急箱に仕舞い、使わなかった湿布類と重ねてバッグに収めていく。
「親の会社が潰れてさ。で、もう死ぬしかねぇってなった時に、その時たまたま会っただけの……初対面だったお嬢様が出してくれたんだ。一億」
お嬢様が、という事は、親がとか家がとかではなく、個人でということだろう。
昨日のあの少女を思い出す。お嬢様なのはわかっていたが、年端もいかないという表現に合ったあの少女がそんな金額を動かせるなどとは、流石に理解の範疇外だった。
その一方で、妙に納得している自分もいる。
遥かな彼方遠く、触れる事も窺い知る事も出来ない物だという現実感を持った彼女なら、そんなことがあってもおかしくない。
そんな風に特に疑いなく受け入れられた。
「そん時に、アタシにはそんだけの価値があるって言ってくれたんだよ。初めて会ってまだ三十分も経ってねぇ奴にだぞ?」
メイドさんは、そう言って照れ隠しのように苦笑した。
その三十分でそれだけの価値を見出したのか、それとも自殺を止める為にこれからそうなって見せろと発破をかけたのか、その場を見た訳でもない自分にはわからない。
ただ、千恵理はあの少女のことを、怪我をしている人を見て見ぬふり出来る子ではないと言っていた。
だから、そのどちらでも有り得る。
「だから、アタシは自分にはそれだけの価値があるって証明しなきゃいけないんだ。なによりも、あの時の、アタシに一億かけたお嬢様の目は正しかったってさ。
でもさ、見ての通りアタシは頭悪ぃし学もねぇし、普通に働いても一億なんて一生かけても稼げねぇ。稼げたとしても何十年かかるかわかりゃしねぇ」
それは、一概にそうとは言えないと思う。昨日あの少女の背後に控えていたこの人は、一廉のメイドに見えた。少なくとも、この人を背後に従えている主人は、その格がひとつ上がって見えるくらいには。
今まで聞いた話からすれば、昨日のあの少女……そしてこのメイドさんの仕える家はかなり裕福に違いない。きっと、普通にメイドとして働くだけでも、一億くらいはいずれ稼げるのではないか。
「で、無いアタマ振り絞って考えたんだ。アタシはアレでも、お嬢様の価値は何十億じゃ済まねぇだろ? だったら、お嬢様の命を守ったら一億程度の仕事はしたってことになるんじゃね? ってな」
考えて見る。昨日のあの少女の命を、一億で守れると聞いたらどうするか。借金をして……となれば悩むだろう。返し切れるまで何十年も縛られることになる。金額の問題ではなく、その事実に悩む。
でも、もし手持ちで一億あるのであれば。
それであの少女が、今日もどこかでまっすぐ前だけを見詰めて孤高で在るのだと思えるのならば。一億くらい、払っても良いかなと思える。
勿論、実際にはないからそんな気楽に考えられるという事でしかないのだろうが。
「でも、それならSPに集中した方が良いんじゃ……?」
SPであると気付かれたという事は、SPらしい動きが出来ていたということであり、それはつまり逆に言えばきちんと仕事が出来ているということだ。
SPの重要な仕事のひとつに、抑止力がある。
『SPがいるから襲うのをやめよう』。そう思わせる事で最初から危険自体が起こらないようにする。
なのに、SPであることを隠してメイドに偽装するという事は、暴漢をわざと招き寄せる……自分の価値を証明するために、守るべき対象である筈の自分の主人を囮にしているのだと思われても仕方がない。
勿論、このメイドさんがそんな人ではない事はもうわかっている。
この人は、とても優しい人だ。口では何と言っても相手の事を考えて行動できる人だ。自分の利益の為に筋を違える人でもない。
多分。
「見てわかんだろうけど、アタシってブン殴るのは得意だけど、守るのって苦手だからさ。襲ってきたヤツを返り討ちには出来ても、それまでお嬢様を無傷で守り切れるって、自信を持って言いきれねぇんだよ」
確かに、それは自分も思っていた事だ。
このメイドさんがSPをするのは適材適所ではない、と。
「ましてSPがいるとわかって襲ってくるようなヤツは対策とかちゃんとしてきてるはずだろ? だったら、SPはいなくてメイドだけだって油断させた方が、まだ守り切れる可能性が高いだろ」
例えメイド一人でも、誰か他人がいるとなれば最低限の抑止力にはなる。
襲ってくる側の、一緒にいるのはSPではないから襲おう、から、SPがいても襲おう、までの思考の幅はそう広くない。
その狭い範囲の抑止力に期待するよりは、最悪の事態に対処出来るように備える事を優先する──というのは理解出来る考え方だ。
「……ってお嬢様が」
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プロフィール
- 名前
- 未田 尚(まだ なお)
- 通称
- にゃー
- お仕事募集ちう。
- 文章を書く関係ならなんでも。
連絡は「お問合せ」まで。
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