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碧ちゃんの話

4 小岩井 千恵理
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 空腹感という物は『食事をするなら今がチャンス!』というダイレクトメールの様な物で、面倒くさいとかいらないとかよく考えて見たら別にお得ではないよね、とかで無視されがちだ。
 それでも平日ならば、空腹感とは関係ない日々の慣習として決まった時間に食事を取るのが普通なのだが、休日……それも今の様な長期休暇となれば、後でいいやと放置されて気が付いたら一日が終わっている、なんてことはいつもの事だ。
 それが二日程続くと、せっかくだからと意識して三日目も絶食しようとなる。
 流石に三日目となると危険ではないかと体が警告を発する様になるが、別に死ぬわけではないし問題が起きる程の事でもないのは経験で知っている。
 そして三日目の終わりに、ポテトチップスを食べる。コンソメ味だ。特売で買っても一日の食費の半分近い贅沢品だが、三日分の食費が浮いているのでむしろ安上がりだ。
 三日の間、使わずに精錬された味覚に直接叩きつけられる塩味と旨味。生命の危機を感じる程の生きる為のエネルギーを摂取した時を超える、『生きている』という実感に近いだろう物を味わう事が出来る。
 三枚目までは。
 四枚目になると、満腹の時に勿体ないからと無理をして食べる時の味になる。普段の最低限を追求した時にでも感じられる『美味しい』すら感じられなくなる。
 いずれ三枚目が四枚目の味になり、その内に二枚目も……というのは妄想ではない。体でわかる。
 味覚が鋭敏になった分だけ、その精度が堕ちていくのも速いのだろうか。
 それとも、もしかしたらこれだけのことをしたのだからこれだけ美味しくかんじられるのに違いない、という想像によって見せられた幻なのかもしれない。
 だから、日々の食事はきちんと取るようにしている。
 毎日朝晩二回、……まぁ、夕食くらいは。
 朝、一日分の米を炊く。5kg1600円程の、名前が値段に上乗せされない程度の地方ブランド米で、一日二合だから約100円。
 朝食は炊いたご飯の半分に、三個68円の納豆か、十個160円の卵ひとつのことが多い。
 納豆をかき混ぜる時は、箸の間に薬指を挟んで広げた状態で二百回かき回し、付属の物にからしと麺つゆを追加して味を濃くして更に百回かき回す。
 卵は塩胡椒に粉末出汁を適当に入れた卵焼きか、目玉焼きにする時は白身を塩胡椒で食べた後に半熟の黄身を御飯に乗せて醤油で、卵かけご飯にするなら醤油ではなく麺つゆに鰹のふりかけ。気が向いて買ってあれば、ハムやベーコンを入れる事もある。日持ちがするので、一度に一枚ずつでも一週間は持つので便利だ。ハムは温める程度に火を通して塩胡椒、ベーコンはカリカリになるまで焼く。
 昼は食べないので、夜は少し重めに。160円の豚バラを三分の一程、たっぷりのたれと同量の水でひたして煮詰まるまで焼く。どちらかといえば、肉そのものよりも脂の溶け出したたれをおかずにする丼だ。
 肉そのものを食べる時には100g90円の豚小間を、塩胡椒と粉末出汁で、水分を足さない分手早く焼く。
 鶏皮も安い割に食べ出があって良い。皮に付いた身の部分は水分が出てしまうので取り除いた後、一口大に切る。フライパンに油を敷かずに皮の方を下にして並べ、塩胡椒で味を付けて丸まらないように気を使いながら焼き、火が通ったら裏返す。蓋をしたり弱火にすると水分が出るので、そのまま強火で炒め続ける。脂が跳ねるが気にしない。カリカリになるまで炒めたら、最後に醤油を回しかけ、焦がして香ばしく。これだけで充分なおかずになる。調理が終わった後のフライパンに残った脂は、他の料理に使えるので取って置くのだが、大抵炒飯に使う。
 まず外してあった鶏の身を挽肉程度に細かく刻み、塩胡椒と粉末出汁、醤油を用意しておく。醤油は鶏皮を焼いた時に使ってあるので心持ち控え目でいい。次にご飯に卵をかけてよく混ぜておく。準備が出来たら、刻んだ鶏肉と半量の鶏油をフライパンで充分に熱してからご飯を入れて手早く炒め、調味料と残りの鶏油を入れてひと混ぜし、ご飯を除けて剥き出しにしたフライパンの表面に醤油を流し入れて水分を飛ばすと同時に焦がして風味を付ける。後は手早く混ぜて火を止めるだけだ。
 100g60円の鶏皮で二食になるので安くて楽なのが良い。
 そんな食事をしていれば、たまには袋のカットサラダを買う事もある。一袋百円だが、一度に一袋は多すぎるので半分ずつ二日に分けて食べる。別に健康に気を使っているなどというわけではない。ただ食べたくなる……恐らく、体が欲しているのだ。心はどうであろうと体はこの世界に生きている。そう思う事が出来るのは悪い事ではない。
 一食が冷奴一丁の時もある。25円の充填豆腐に冷凍しておいた刻み葱と削り節、生姜を多めに。醤油のみでは塩味が強すぎるので、醤油と麺つゆを半々にする。充填豆腐は、当然味は普通の物に劣るが、それ以上に日持ちがするので便利だ。何分、急に一日や二日……三日くらい食べないということが珍しくないから、日持ちのしない物は気付いたら駄目になっている事が珍しくない。
 それで食べ応えのある一食分になる麻婆豆腐も定番と言える。豆板醤に味噌醤油、生姜と大蒜に冷凍の刻み葱。
辛さを増すのに豆板醤を増やしても良いのだが、それでは塩味が濃くなりすぎるので唐辛子とラー油で調整する。
 本当は鶏がらスープと甜麺醤を使うべきなのだろう。だが、粉末スープでもなんでも少量よりも大箱の方が安い。安いが一人暮らしでは使い切るまでに時間が掛かる。それが出汁に鶏がらスープにコンソメに……と大量に揃えていたのでは使い切れず、本末転倒になってしまう。
 だから、自炊する時は麻婆豆腐に限らず何でも和風だ。炒飯も和風。シチューも和風。パスタも和風。カレーも和風。
 それで飽きたりはしない。味を見ているのではなく、美味しい物を食べているのだと思う感情を見ているのだから。
 冷奴に麻婆豆腐、朝晩合わせて豆腐二丁で50円。調味料がいくらになるのか計算していないが、50円にはなるまい。これだと一日100円程度。
 三玉百円のうどんを適当に煮て、粉末出汁に麺つゆと卵で食べても良い。面倒臭ければ丼に麺とお湯と粉末出汁を入れて電子レンジで五分加熱し、麺つゆと卵を入れて二分火を通せば十分に食べられる。鰹節と冷凍刻み葱、唐辛子を薬味にする。
 他の物を食べてご飯が残った時は冷凍しておく。そうなると次の日に一食分だけご飯を炊くのが面倒になるので、もう一食分他の物を食べる。その分、また安上がりになる。
 そうして浮いた金額分の偶の贅沢でよく作るのは豚の角煮だ。バラ肉のブロックは大抵筋肉繊維が横に走っているので、それを断つように縦に細く、幅1cm長さ5cm程に切り揃える。筋肉繊維を断つことでより柔らかく、味が沁み込みやすく、食べやすくなる。そして薄い方がより味が沁み込みやすいし、横に寝せれば少ない量でも余分な水を使わず、つまり味を濃く出来る。味付けは粉末出汁に塩胡椒と生姜、それと酒と味醂のみ。角煮は脂の抜けた脂身のさっぱりとした柔らかさを楽しむ物だと思うので、このくらいあっさりの方が良い。それを圧力鍋で煮込んでいく。時間は適当。他の事をしながら気が向いた時に火を止めて、冬ならそのまま、夏は冷蔵庫に入れて一晩置く。朝になったら表面に固まったラードを取り出して、瓶に入れて取って置く。これは他の料理に使うと、肉がなくても肉の風味になるので重宝する。挽肉無しの麻婆豆腐にごま油の代わりに入れても良いし、焼肉丼……というよりは焼肉のたれ丼のボリュームを増すのに使っても良い。角煮その物よりも、こちらの方が目的なところがないでもない。残ったスープも他の料理に使う。麺類に使えば出汁の代わりになるし、そのままご飯にかけておじやにしても良い。ラードもスープも何にでも使えるので、気分次第で適当に使う。
 しかしこうして思い返してみると、本当に簡単な、最低限の『美味しい』だけの料理しかしなくなったものだ。手間を減らす為の圧力鍋こそあるが、中華鍋はもうない。食材や調味料は適当に目分量だし、生姜や大蒜もチューブの物で済ませてしまう。刻み葱も都度作るのでも買うのでもなく、手抜きして纏めて冷凍だ。
 酷い食生活をしている、とは自分でも思う。だが別に健康に気を遣うつもりなどないし、長生きしたいわけでもない。親より先に逝く親不孝だけは避けよう、とは思っているが。
 まぁそれで不満がないのだから、これこそが自分に合った生き方、試行錯誤の末に最適化された結果ということなのだろう。
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未田 尚(まだ なお)
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