碧ちゃんの話
3
言われるまま、千恵理がストローを咥える。やはり吸うのも難儀しているようだが、こればかりはどうしようもない。起きて飲むよりは楽だろうし、変な飲み方をしてむせでもすれば逆につらい思いをすることになる。
「あぁ、美味しい。糖分が染みわたるー」
そういう顔が先程迄より晴れやかに見える。
確かにアルコールの分解には糖分が必要だから、糖分を取れば回復が早くなるのは間違いないが、こんな飲んだ瞬間に効くものでもない。多分プラシーボ効果だろう。
だが理由が何であろうと、少しでも気分が良くなったのならば良い事だ。
「少しでも何か食べておいた方が良いが、大丈夫か?」
家を出る前よりは幾分か回復しているようであるし、気分のせいでしかないのかもしれないが、スポーツドリンクで調子も良くなった様に見える。
出来るのであれば、少し無理をしてでも腹に何か入れておいた方が良いが、胃が受け付けなくて戻してしまえばやはり逆につらい思いをすることになる。
「あー……」
自分でも自信がないのだろう、千恵理は自分の体を窺う様に視線を下げた後、
「少しなら大丈夫……だと思うけど、口の中気持ち悪い……」
昨日あれだけ飲んで油物を食べて、更には朝意識が戻ると同時に口を押さえてトイレに駆け込んだのだ。これで気分爽快などと言えば、逆に心配するべきだ。
だがそういう感想が出て来るあたり、僅かなりと余裕が出て来たという証拠だと思う。
「じゃあ歯ブラシと……」
と言いながら、まず炊飯器のスイッチを入れる。
本当は買い物に行く前に炊いておけば時間を無駄にしないで済んだのだろうが、あの時の千恵理の様子では米の炊ける匂いだけで気分が悪くなりそうだった。自分が出掛けている間にそうなってしまっては、対処する者がいなくなってしまうので仕方がない。
「流しまで来られるか? それともバケツを使う?」
聞きながら、まとめ買い値引きで買った予備の歯ブラシを取り出す。五本セットだったのでまだ何本も残っている。
ただのプラシーボ効果だったとしても、今の千恵理の様子を見れば流しまで来るのも無理ということもないだろう。だが、全くつらくないということもない筈だ。
千恵理は少し考え込むようにしてから答えた。
「……そっちまで行く」
まぁ、そうだろう。ただの口を濯いだ水とは言え、他人の家で布団に入ったままバケツに口の中の物を出すというのは、どれだけ体調が悪くても抵抗があって当然だ。
まして、自分のような見栄えなど気を払わないむさい男と違い、千恵理は美しい女性だ。
流しに歯ブラシと歯磨き粉、コップを用意し、使いやすいだろうと推測した位置に椅子を置く。
それからもう一度千恵理のところまで戻って布団を捲ってやった。
「いいぞ」
「ん、ありがとう」
そう言って布団に手をついて立ち上がろうとするが、上半身を起こしたところで一度動きを止めた。
ここから息を整えて立ち上がろうというのだろう。
出来るだろうと思う。が、やはりその様子はかなりつらそうだ。
千恵理が息を整える間、しばし考える。
本当はそのまま見守ってやる方が良いのだろう。つらいとはいえ、出来ないわけではない。
だが、体調不良で……それも自分が原因と言っていいことでつらい思いをしている相手をただ見ているだけというのは、気分的に極めてよろしくない。
自分は腕力に自信があるとは言い難い。いや、出不精でどちらかといえば引きこもりに近い分、世間一般の男声よりは非力なのではないかと思う。
それに千恵理は細身に見えるが、昨日今日の動きを見れば、その実しっかりと鍛え上げられた、がっしりとした体をしているとわかる。見た目よりも重いだろう。
続けて、流しに用意した椅子までの距離を測る。
狭いワンルームの安アパートだ。ほんの数歩。大した距離ではない。
抱え上げる事さえ出来るのであれば、このくらいならば。
「嫌だろうけど……ごめん」
諦めてもう少し回復するまで寝てろ、と言うのが正しいのだろうと思う。
それでも右手を千恵理の背中に回し、左手を両膝の裏に宛がう。
「よっ……と」
両手を腰の高さで固定し、上半身は動かさないように下半身の力だけで立ち上がる。
本当は千恵理の体を自分に預けさせるようにした方が楽で安定するのだろうが、抱き上げるというだけでどうかと思うのに、体を密着させるなど問題外だ。支える腕が触れるのは仕方ないが、体からは出来るだけ遠ざける様にして抱え上げた。
嫌がっていないか……いや嫌がっているのは間違いないが、口の中の気持ち悪さと比較して我慢出来る程か確認しようと、千恵理の様子を窺う。
「よいしょ……は、失礼」
「うん、それはごめん」
別に、千恵理が重いわけではない。いや、同じくらいの体格の女性と比べれば間違いなく重いと思うが、原因はそれではなく、自分の非力さのせいだ。
普通の男ならば、このくらいの体重は軽々と抱き上げて女性に恥をかかせなどはしないのだろうが、自分はそういう人間ではないので我慢して貰うしかない。
出来るだけよろけたりはしないように気を使いながら、流しへと歩き、千恵理を椅子へと下ろした。
「あぁ、美味しい。糖分が染みわたるー」
そういう顔が先程迄より晴れやかに見える。
確かにアルコールの分解には糖分が必要だから、糖分を取れば回復が早くなるのは間違いないが、こんな飲んだ瞬間に効くものでもない。多分プラシーボ効果だろう。
だが理由が何であろうと、少しでも気分が良くなったのならば良い事だ。
「少しでも何か食べておいた方が良いが、大丈夫か?」
家を出る前よりは幾分か回復しているようであるし、気分のせいでしかないのかもしれないが、スポーツドリンクで調子も良くなった様に見える。
出来るのであれば、少し無理をしてでも腹に何か入れておいた方が良いが、胃が受け付けなくて戻してしまえばやはり逆につらい思いをすることになる。
「あー……」
自分でも自信がないのだろう、千恵理は自分の体を窺う様に視線を下げた後、
「少しなら大丈夫……だと思うけど、口の中気持ち悪い……」
昨日あれだけ飲んで油物を食べて、更には朝意識が戻ると同時に口を押さえてトイレに駆け込んだのだ。これで気分爽快などと言えば、逆に心配するべきだ。
だがそういう感想が出て来るあたり、僅かなりと余裕が出て来たという証拠だと思う。
「じゃあ歯ブラシと……」
と言いながら、まず炊飯器のスイッチを入れる。
本当は買い物に行く前に炊いておけば時間を無駄にしないで済んだのだろうが、あの時の千恵理の様子では米の炊ける匂いだけで気分が悪くなりそうだった。自分が出掛けている間にそうなってしまっては、対処する者がいなくなってしまうので仕方がない。
「流しまで来られるか? それともバケツを使う?」
聞きながら、まとめ買い値引きで買った予備の歯ブラシを取り出す。五本セットだったのでまだ何本も残っている。
ただのプラシーボ効果だったとしても、今の千恵理の様子を見れば流しまで来るのも無理ということもないだろう。だが、全くつらくないということもない筈だ。
千恵理は少し考え込むようにしてから答えた。
「……そっちまで行く」
まぁ、そうだろう。ただの口を濯いだ水とは言え、他人の家で布団に入ったままバケツに口の中の物を出すというのは、どれだけ体調が悪くても抵抗があって当然だ。
まして、自分のような見栄えなど気を払わないむさい男と違い、千恵理は美しい女性だ。
流しに歯ブラシと歯磨き粉、コップを用意し、使いやすいだろうと推測した位置に椅子を置く。
それからもう一度千恵理のところまで戻って布団を捲ってやった。
「いいぞ」
「ん、ありがとう」
そう言って布団に手をついて立ち上がろうとするが、上半身を起こしたところで一度動きを止めた。
ここから息を整えて立ち上がろうというのだろう。
出来るだろうと思う。が、やはりその様子はかなりつらそうだ。
千恵理が息を整える間、しばし考える。
本当はそのまま見守ってやる方が良いのだろう。つらいとはいえ、出来ないわけではない。
だが、体調不良で……それも自分が原因と言っていいことでつらい思いをしている相手をただ見ているだけというのは、気分的に極めてよろしくない。
自分は腕力に自信があるとは言い難い。いや、出不精でどちらかといえば引きこもりに近い分、世間一般の男声よりは非力なのではないかと思う。
それに千恵理は細身に見えるが、昨日今日の動きを見れば、その実しっかりと鍛え上げられた、がっしりとした体をしているとわかる。見た目よりも重いだろう。
続けて、流しに用意した椅子までの距離を測る。
狭いワンルームの安アパートだ。ほんの数歩。大した距離ではない。
抱え上げる事さえ出来るのであれば、このくらいならば。
「嫌だろうけど……ごめん」
諦めてもう少し回復するまで寝てろ、と言うのが正しいのだろうと思う。
それでも右手を千恵理の背中に回し、左手を両膝の裏に宛がう。
「よっ……と」
両手を腰の高さで固定し、上半身は動かさないように下半身の力だけで立ち上がる。
本当は千恵理の体を自分に預けさせるようにした方が楽で安定するのだろうが、抱き上げるというだけでどうかと思うのに、体を密着させるなど問題外だ。支える腕が触れるのは仕方ないが、体からは出来るだけ遠ざける様にして抱え上げた。
嫌がっていないか……いや嫌がっているのは間違いないが、口の中の気持ち悪さと比較して我慢出来る程か確認しようと、千恵理の様子を窺う。
「よいしょ……は、失礼」
「うん、それはごめん」
別に、千恵理が重いわけではない。いや、同じくらいの体格の女性と比べれば間違いなく重いと思うが、原因はそれではなく、自分の非力さのせいだ。
普通の男ならば、このくらいの体重は軽々と抱き上げて女性に恥をかかせなどはしないのだろうが、自分はそういう人間ではないので我慢して貰うしかない。
出来るだけよろけたりはしないように気を使いながら、流しへと歩き、千恵理を椅子へと下ろした。
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プロフィール
- 名前
- 未田 尚(まだ なお)
- 通称
- にゃー
- お仕事募集ちう。
- 文章を書く関係ならなんでも。
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