碧ちゃんの話
5 弁財 礼美
1
それは物心付く前の……自分の記憶なのか、その断片を、人から聞かされた話で繋ぎ合わせて自分の記憶だと思い込んでいるだけの物なのか、わからないくらいに古い記憶。
田舎ではどこも変わりはしないのだろうが、限界集落と言う程ではないが過疎の進んだその町では、個人商店は軒並み潰れ、大型店舗が進出するほどの売り上げはなく、まともな公共交通機関はなくなり……人口の殆どを占める老人しかいない世帯では買い物にも不自由するというのが日常になっていた。
そしてそれらの人達の為に、トラックの荷台に冷蔵ケースを乗せて食料や日用品を売り歩く移動販売車という物が、週に一、ニ度という最低限の頻度でしかないが、町を回っていた。
通信販売や宅配の充実した今となっては、それすらももう廃れて長いのだが。
その販売車が止まる広場が、当時住んでいた家のすぐ目の前にあった。
移動販売には当然、種類も量も少ないながらも子供が欲しがるような菓子類も乗せられていた。
子供が、それらの菓子を欲しがるのなど当然の事だ。販売車側も、欲しがらせるために、売っているのだから。
だから自分は、移動販売車が来たことを知らせる客寄せの曲が流れる度に、それを欲しがって、大泣きをしていた。
その頃、自分の家は日々の食事にも事欠く程貧しく……菓子類等買い与える余裕もなく、それをすれば家族全員が空腹を抱えることになる。そんな生活を送っていた。
子供がいくら欲しがっても与えることが出来ない。
それは仕方のない事だ。いや、当然の事だ。
とにかく生きなければ、その後でなければ贅沢など意味がないのだから。
一時の、ほんの一瞬の味覚を満足させるという贅沢をさせるよりも、きちんと食べるという贅沢をさせようという、親として当たり前の話。
三つ子の魂と言うが、学費が安いだけが取り柄の三流であれば、大学に通わせられるだけの余裕が出来た今でもそれは変わらない。
食事の後に掛けられる言葉は、美味しかったか、ではなくお腹いっぱいになったか、だから。
欲しがって泣いていた、ということは、一度くらいは買い与えられたことがあるのだろう。知らなければ欲しがることはないのだから。
子供にお菓子くらい買ってやりたい、というのは親にとっては当然の思いだ。
多分、無理をして買い与えたのだろう。子供を思う、親だから。
だが、そのせいで欲望を覚えさせ、それが満たされないという不満を覚えさせ、泣かせる。
喜ばせたいという思いが、結果それまでなかった、知らなくて良かった筈の悲しみを覚えさせる。
よくある、当たり前の、不幸な話だ。なんの変哲もない。
当然、物心付いてもいない子供にそんな事情などわかるわけもない。
子供が大泣きをしても、それを泣き止ませる手段は、ない。言い聞かせたところで道理を理解することも、欲求を押し留める事も出来ないから、物心がつかないというのだから。
だから、親は販売車が来るたびに、家中の雨戸を閉めた。
……それが、鳴き声を外に漏らさないという対外的な理由なのか、販売車が来たことを知らせたくないという対内的な理由なのか、或いは我が子に欲しがって泣くという不憫な目に合わせたくないからなのか。若しくは、子供に菓子ひとつ与えられない自分を覆い隠す為の物なのかは、わからないけれど。
だが、それで全ての音が遮断できるわけなど無い。防音などしてある筈もない、高級などとは到底呼ぶことも出来ない家なのだから。
だから、自分の泣き声の合間には、買い物を楽しむ大人と、欲しい物を買って貰える子供のはしゃぐ声がどうしても聞こえていた。
それは、雨戸と言う、……何よりもそれをした親と言う存在によって隔離された、別世界から漏れ聞こえて来る音だった。
自分とは違う、いくら望もうとも関わりのない、別の世界。
現実という名の、自分がいるのとは違う世界。
今の自分の、現実に現実感を感じられないというのは、物心付く前のそれが原因のひとつなのではないかと思う。
だが、子供の頃に、駄々を捏ねても欲しい物を買って貰えなかった、等という当たり前のことは、誰でも経験する事だろう。
だから、そんなものは特別な事ではない。
だから、これも特別なことではないのだろう。
ただ、その現実感のないことが現実だと、そう感じている感覚が普通の事だと、折り合いをつけているだけなのだろう。
それが、生きる事なのだと。視力が多少悪くても、日常生活に不便がないのならばそれが当たり前のことだと思うように。
ただ、自分がそれを大袈裟に捉えているだけのことなのだろう。
それはただ感じ方の、捉え方の程度だけの問題で。
みんな同じで、特別なことなど何も、ない。
田舎ではどこも変わりはしないのだろうが、限界集落と言う程ではないが過疎の進んだその町では、個人商店は軒並み潰れ、大型店舗が進出するほどの売り上げはなく、まともな公共交通機関はなくなり……人口の殆どを占める老人しかいない世帯では買い物にも不自由するというのが日常になっていた。
そしてそれらの人達の為に、トラックの荷台に冷蔵ケースを乗せて食料や日用品を売り歩く移動販売車という物が、週に一、ニ度という最低限の頻度でしかないが、町を回っていた。
通信販売や宅配の充実した今となっては、それすらももう廃れて長いのだが。
その販売車が止まる広場が、当時住んでいた家のすぐ目の前にあった。
移動販売には当然、種類も量も少ないながらも子供が欲しがるような菓子類も乗せられていた。
子供が、それらの菓子を欲しがるのなど当然の事だ。販売車側も、欲しがらせるために、売っているのだから。
だから自分は、移動販売車が来たことを知らせる客寄せの曲が流れる度に、それを欲しがって、大泣きをしていた。
その頃、自分の家は日々の食事にも事欠く程貧しく……菓子類等買い与える余裕もなく、それをすれば家族全員が空腹を抱えることになる。そんな生活を送っていた。
子供がいくら欲しがっても与えることが出来ない。
それは仕方のない事だ。いや、当然の事だ。
とにかく生きなければ、その後でなければ贅沢など意味がないのだから。
一時の、ほんの一瞬の味覚を満足させるという贅沢をさせるよりも、きちんと食べるという贅沢をさせようという、親として当たり前の話。
三つ子の魂と言うが、学費が安いだけが取り柄の三流であれば、大学に通わせられるだけの余裕が出来た今でもそれは変わらない。
食事の後に掛けられる言葉は、美味しかったか、ではなくお腹いっぱいになったか、だから。
欲しがって泣いていた、ということは、一度くらいは買い与えられたことがあるのだろう。知らなければ欲しがることはないのだから。
子供にお菓子くらい買ってやりたい、というのは親にとっては当然の思いだ。
多分、無理をして買い与えたのだろう。子供を思う、親だから。
だが、そのせいで欲望を覚えさせ、それが満たされないという不満を覚えさせ、泣かせる。
喜ばせたいという思いが、結果それまでなかった、知らなくて良かった筈の悲しみを覚えさせる。
よくある、当たり前の、不幸な話だ。なんの変哲もない。
当然、物心付いてもいない子供にそんな事情などわかるわけもない。
子供が大泣きをしても、それを泣き止ませる手段は、ない。言い聞かせたところで道理を理解することも、欲求を押し留める事も出来ないから、物心がつかないというのだから。
だから、親は販売車が来るたびに、家中の雨戸を閉めた。
……それが、鳴き声を外に漏らさないという対外的な理由なのか、販売車が来たことを知らせたくないという対内的な理由なのか、或いは我が子に欲しがって泣くという不憫な目に合わせたくないからなのか。若しくは、子供に菓子ひとつ与えられない自分を覆い隠す為の物なのかは、わからないけれど。
だが、それで全ての音が遮断できるわけなど無い。防音などしてある筈もない、高級などとは到底呼ぶことも出来ない家なのだから。
だから、自分の泣き声の合間には、買い物を楽しむ大人と、欲しい物を買って貰える子供のはしゃぐ声がどうしても聞こえていた。
それは、雨戸と言う、……何よりもそれをした親と言う存在によって隔離された、別世界から漏れ聞こえて来る音だった。
自分とは違う、いくら望もうとも関わりのない、別の世界。
現実という名の、自分がいるのとは違う世界。
今の自分の、現実に現実感を感じられないというのは、物心付く前のそれが原因のひとつなのではないかと思う。
だが、子供の頃に、駄々を捏ねても欲しい物を買って貰えなかった、等という当たり前のことは、誰でも経験する事だろう。
だから、そんなものは特別な事ではない。
だから、これも特別なことではないのだろう。
ただ、その現実感のないことが現実だと、そう感じている感覚が普通の事だと、折り合いをつけているだけなのだろう。
それが、生きる事なのだと。視力が多少悪くても、日常生活に不便がないのならばそれが当たり前のことだと思うように。
ただ、自分がそれを大袈裟に捉えているだけのことなのだろう。
それはただ感じ方の、捉え方の程度だけの問題で。
みんな同じで、特別なことなど何も、ない。
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プロフィール
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- 未田 尚(まだ なお)
- 通称
- にゃー
- お仕事募集ちう。
- 文章を書く関係ならなんでも。
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