碧ちゃんの話
4
「いえ、皐月、くん、の判断、は、正しいです、ので、謝らないでください……ふう。お嬢様、おはようございます」
最初に息を切らしていた方の、恐らく相良という名だろう声がそう答えた。どうやら息が整うまで喋れなかったらしい。
尤も、なんとか喋れるようになった程度で、まだ息が切れている状態なのだが。
普通に喋る余裕のある双海さんと比べると、大分体力的に余裕がないらしい。
逆に言えば、それなのにこうなるまで急いで来たのだから、言われる通り相当に真面目なのだろう。
そうして息を切らしてまで続けた言葉がホームに入って来た電車の轟音にかき消される。
放送があってからしばらく経っているのだから、逆に遅れていたのだろうけれど。
その列車が、列の先頭に並んでいた自分の目の前にきっちりと止まる。
「……お嬢様?」
ドアが開く直前、背後から皐月君、の声がした。
「あー、まぁ自動車と比べると大きさが段違いですからねぇ。お嬢が怖がっても仕方ありません」
今までの会話からして、お嬢様が電車を見るのは初めてだったのだろう。
目の前、ほんの数十センチにまで迫る電車の巨体と、それによって襲い来る風圧。何よりもレールによって間違いがない事はわかっていても、そんなものはあくまで知識でしかなく、このままでは轢かれるのではないかと感じてしまっても仕方ない。
「怖がってなどいません。驚いただけです」
怖がるのは認められないが驚いたというだけなら素直に認めるらしい。お嬢様の基準はよくわからない。
とりあえず、後ろのことは放っておいて電車に乗り込む。
コンクリートが陽光を照り返す灼熱のホームから一歩車内に足を踏み入れると、ふわっとした冷気が体の表層を一気に冷やしてくれる。
熱気が収まるのは良いのだが、この温度差は体に悪そうだ。
「電車とホームの間が開いておりますので、足元ご注意くださいね」
前に並んでいた自分について、後ろの子達が電車へと乗り込んで来る。
「こんな危険を放置しておくなんて、矢張り欠陥品ではありませんか」
事実、電車とホームの間に落ちる事故が起きることはある。欠陥品だと言われても否定は出来ない。だが、だからと言ってそれを解消しようとすれば利便性かコストが失われる。仕方ない、で済ませるべきではないが、だからと言ってすぐに解決できる問題でもない。
それで儲けている人たちに何とかして貰おう。
真夏の電車は、満員という程ではないがやはり混んでいた。少なくとも座席は空いておらず、入り口付近の手すりの辺りも立てる場所はなく、つり革も半分程は埋まっている。
「……なんですか、これは」
「今日は空いている方ですよ。平日の通勤時なんて足の踏み場が無くて知らない人の足の上に乗る感じですからねぇ」
この町には学園などの人の集まる施設があり、なのに賃貸物件は少ない。つまりそういうことだ。
背後から有り得ないなどとブツブツ呟く声が聞こえるが、とりあえず意識せずとは言え盗み聞きしてしまっていた後ろめたさから、お嬢様たちから離れようと車両の奥の方へと入り込んで、吊革の前に位置を取った。
「……これは、触っても大丈夫な物なのですの?」
なのに、さっきまでは背後からしていた声が、今度は横から聞こえて来る。
考えて見れば当然だろう。それなりに混んでいる車内ではドア付近よりも奥の方が空いているし、目の前に人を掻き分けてその空いている方に向かう背中があるのなら、それに付いて行くのは自然なことだ。
声からして隣にいるのはお嬢様だろう。初めての電車に戸惑っていたというのに、お嬢様らしく先頭切って乗り込んできたらしい。
しかし、となれば目的地に着くまではこのまま隣り合わせでいるしかないということになる。
流石にちらりと隣の様子を窺う。
先ず目に入って来たのは見事な縦ロール。どれだけ時間をかけているのだろうかと感心するが、そういえば碧ちゃんのあの烏の濡れ羽色も、相当な時間をかけて手入れしているに違いない。そこも対抗しての事なのだろうか。
それにしても、その髪型といい、見るからに高慢そうな表情といい、如何にもお嬢様としか言いようのないその外見は、恐らく意識して作っているのだろう。
眉を顰めて吊革をつつくその仕草は、声からの印象と違って可愛らしくもあったけれど。
「大丈夫……ですけれど、気になるなら手袋をお使いください」
その隣から、そう言ってメイド姿が手袋を差し出した。その声から言って、彼が皐月君なのだろう。全体的に線が細く、気が弱そうな表情で、しかし瞳にどこか芯の強そうな光が灯っている。
声からの印象そのものの外見だった。服装を除けば。
最初に息を切らしていた方の、恐らく相良という名だろう声がそう答えた。どうやら息が整うまで喋れなかったらしい。
尤も、なんとか喋れるようになった程度で、まだ息が切れている状態なのだが。
普通に喋る余裕のある双海さんと比べると、大分体力的に余裕がないらしい。
逆に言えば、それなのにこうなるまで急いで来たのだから、言われる通り相当に真面目なのだろう。
そうして息を切らしてまで続けた言葉がホームに入って来た電車の轟音にかき消される。
放送があってからしばらく経っているのだから、逆に遅れていたのだろうけれど。
その列車が、列の先頭に並んでいた自分の目の前にきっちりと止まる。
「……お嬢様?」
ドアが開く直前、背後から皐月君、の声がした。
「あー、まぁ自動車と比べると大きさが段違いですからねぇ。お嬢が怖がっても仕方ありません」
今までの会話からして、お嬢様が電車を見るのは初めてだったのだろう。
目の前、ほんの数十センチにまで迫る電車の巨体と、それによって襲い来る風圧。何よりもレールによって間違いがない事はわかっていても、そんなものはあくまで知識でしかなく、このままでは轢かれるのではないかと感じてしまっても仕方ない。
「怖がってなどいません。驚いただけです」
怖がるのは認められないが驚いたというだけなら素直に認めるらしい。お嬢様の基準はよくわからない。
とりあえず、後ろのことは放っておいて電車に乗り込む。
コンクリートが陽光を照り返す灼熱のホームから一歩車内に足を踏み入れると、ふわっとした冷気が体の表層を一気に冷やしてくれる。
熱気が収まるのは良いのだが、この温度差は体に悪そうだ。
「電車とホームの間が開いておりますので、足元ご注意くださいね」
前に並んでいた自分について、後ろの子達が電車へと乗り込んで来る。
「こんな危険を放置しておくなんて、矢張り欠陥品ではありませんか」
事実、電車とホームの間に落ちる事故が起きることはある。欠陥品だと言われても否定は出来ない。だが、だからと言ってそれを解消しようとすれば利便性かコストが失われる。仕方ない、で済ませるべきではないが、だからと言ってすぐに解決できる問題でもない。
それで儲けている人たちに何とかして貰おう。
真夏の電車は、満員という程ではないがやはり混んでいた。少なくとも座席は空いておらず、入り口付近の手すりの辺りも立てる場所はなく、つり革も半分程は埋まっている。
「……なんですか、これは」
「今日は空いている方ですよ。平日の通勤時なんて足の踏み場が無くて知らない人の足の上に乗る感じですからねぇ」
この町には学園などの人の集まる施設があり、なのに賃貸物件は少ない。つまりそういうことだ。
背後から有り得ないなどとブツブツ呟く声が聞こえるが、とりあえず意識せずとは言え盗み聞きしてしまっていた後ろめたさから、お嬢様たちから離れようと車両の奥の方へと入り込んで、吊革の前に位置を取った。
「……これは、触っても大丈夫な物なのですの?」
なのに、さっきまでは背後からしていた声が、今度は横から聞こえて来る。
考えて見れば当然だろう。それなりに混んでいる車内ではドア付近よりも奥の方が空いているし、目の前に人を掻き分けてその空いている方に向かう背中があるのなら、それに付いて行くのは自然なことだ。
声からして隣にいるのはお嬢様だろう。初めての電車に戸惑っていたというのに、お嬢様らしく先頭切って乗り込んできたらしい。
しかし、となれば目的地に着くまではこのまま隣り合わせでいるしかないということになる。
流石にちらりと隣の様子を窺う。
先ず目に入って来たのは見事な縦ロール。どれだけ時間をかけているのだろうかと感心するが、そういえば碧ちゃんのあの烏の濡れ羽色も、相当な時間をかけて手入れしているに違いない。そこも対抗しての事なのだろうか。
それにしても、その髪型といい、見るからに高慢そうな表情といい、如何にもお嬢様としか言いようのないその外見は、恐らく意識して作っているのだろう。
眉を顰めて吊革をつつくその仕草は、声からの印象と違って可愛らしくもあったけれど。
「大丈夫……ですけれど、気になるなら手袋をお使いください」
その隣から、そう言ってメイド姿が手袋を差し出した。その声から言って、彼が皐月君なのだろう。全体的に線が細く、気が弱そうな表情で、しかし瞳にどこか芯の強そうな光が灯っている。
声からの印象そのものの外見だった。服装を除けば。
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プロフィール
- 名前
- 未田 尚(まだ なお)
- 通称
- にゃー
- お仕事募集ちう。
- 文章を書く関係ならなんでも。
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