碧ちゃんの話
7
「そんなことよりも、小岩井碧に勝つ方法を考えなさい」
このお嬢様の、碧ちゃんに勝ちたいという情念は相当なものがあるらしい。
自分のような他人に興味を持つことのできない人間からすれば、それがどんな方向だとしても、誰かの為にそれだけの情熱を持てるというのはとても羨ましいことに思えた。
「はい、お嬢様」
一番向こう側で相良さんが律儀に手を上げる。
「相良」
「はい、勝負の基本は自分が得意で相手が不得意な分野で戦う事であり、またその状況に持って行く手腕でもあります。つまりは戦う前から勝つ、ということですね」
「具体的には?」
「まず、学問の分野は避けるべきです。相手は完全記憶を持つと言われる才媛です」
完全記憶とは、多分写真記憶とも呼ばれ『見た物を写真のように完全に記憶する能力の事だったと思う。
ただ個人的には、情報の取捨選択をして必要なものだけを残していらないものを忘れる能力、に欠陥があるのではないかと思っている。
集中すると視界が狭まって必要な事しか見えなくなる、というのは誰にでも経験があることだと思うが、その真逆だ。
視界に入る物、聞こえる音、匂い、肌に触れる風、……それらの雑音が全てそのままの音量で思考を邪魔する中で、何かを判断しなければならない。
それが、どれだけ負担のかかる事なのか……なんてそんなものは、自分のような常人が意味のない常識で考えてしまってるだけのことで、慣れた本人からすれば多分呼吸をする程に容易い事なのだろうけれど。
「実際、この前も高等部の試験問題での勝負で、教科書をパラパラ捲っただけで全問正解されて負けたではないですか」
それを聞いて、お嬢様はふんと鼻を鳴らした。
「完全記憶なんてもののせいで負けた? そんなわけがないでしょう。小岩井碧の事です。どうせ私との勝負を見越して、事前にその範囲の対策をしていたに違いありませんわ」
確かに、暗記問題ならばともかく、数学等は前提となる公式などを知っていなければ、その学年の教科書だけを丸暗記できたとしても役には立たない。
最低でも、その前の学年までの予習を終えていなければ、満点など取れるわけがないのだ。
だが、逆にそれは凄いことなのではないだろうか。碧ちゃんとお嬢様の年齢差はわからないが、見た目からすればおそらく五歳は離れている。つまり碧ちゃんは、五年先の予習迄を終わらせているという事だ。
飛び級という制度があれば、お嬢様と同じ学年になっていてもおかしくない。
天才とか秀才とかいう才能は置いておいても、出来るからといってそれをやるというのは、自分のような怠惰で事なかれ主義の人間からすれば尊敬しかない。
「もし本当に完全記憶なんてものがあったとしても、そんなものは小岩井碧にとってはちょっとした底上げ、例えるならハイヒールを履いた程度のものでしかありません。小岩井碧がそんなものに頼る様な軟弱ならば、とうに勝負はついていますわ」
そういうのを聞いて、少し以外に思った。大したことはない、なんて言っておいて、随分と碧ちゃんの事を買っているらしい。
いや、そうでなければここまで勝ちに拘ったりしないだろう。
相手を認めているからこそ勝ちたい。なのに勝てないから負け惜しみを口にする。そう考えれば、とても分かりやすいひねくれ方だ。
「というかですねぇ、馬鹿正直に真正面から行くから負けるんじゃないんですか? お嬢はひねくれてるんだから、真正面からぶつかっても負けるに決まってますし、絡め手とか使ってみたらどうですかね」
また双海さんが余計なことを言ったが、これは聞き逃して貰ったらしく、お嬢様は眉を顰めただけで何も言わなかった。
「ですが、絡め手は小岩井様の得意分野だと思います」
「はい。もう真正面から来られても裏があることを警戒して、逆にそれが搦め手になるレベルですから」
皐月君の言葉に、相良さんが頷いた。
どうやら今まで随分とやられているらしい。
「そうでなくても、お嬢は真正面から殴られても、背中から刺されてますからね」
茶化すような双海さんの言葉に、どういう意味だろうと首を捻ったが、恐らくお嬢様が顔が相手と向き合っているのに、背中も相手の方を向いているくらいにひねくれ過ぎているという意味なのだろう。
面従腹背とはこのことだろう。いや、それはそういう意味では無いのだけれど。
このお嬢様の、碧ちゃんに勝ちたいという情念は相当なものがあるらしい。
自分のような他人に興味を持つことのできない人間からすれば、それがどんな方向だとしても、誰かの為にそれだけの情熱を持てるというのはとても羨ましいことに思えた。
「はい、お嬢様」
一番向こう側で相良さんが律儀に手を上げる。
「相良」
「はい、勝負の基本は自分が得意で相手が不得意な分野で戦う事であり、またその状況に持って行く手腕でもあります。つまりは戦う前から勝つ、ということですね」
「具体的には?」
「まず、学問の分野は避けるべきです。相手は完全記憶を持つと言われる才媛です」
完全記憶とは、多分写真記憶とも呼ばれ『見た物を写真のように完全に記憶する能力の事だったと思う。
ただ個人的には、情報の取捨選択をして必要なものだけを残していらないものを忘れる能力、に欠陥があるのではないかと思っている。
集中すると視界が狭まって必要な事しか見えなくなる、というのは誰にでも経験があることだと思うが、その真逆だ。
視界に入る物、聞こえる音、匂い、肌に触れる風、……それらの雑音が全てそのままの音量で思考を邪魔する中で、何かを判断しなければならない。
それが、どれだけ負担のかかる事なのか……なんてそんなものは、自分のような常人が意味のない常識で考えてしまってるだけのことで、慣れた本人からすれば多分呼吸をする程に容易い事なのだろうけれど。
「実際、この前も高等部の試験問題での勝負で、教科書をパラパラ捲っただけで全問正解されて負けたではないですか」
それを聞いて、お嬢様はふんと鼻を鳴らした。
「完全記憶なんてもののせいで負けた? そんなわけがないでしょう。小岩井碧の事です。どうせ私との勝負を見越して、事前にその範囲の対策をしていたに違いありませんわ」
確かに、暗記問題ならばともかく、数学等は前提となる公式などを知っていなければ、その学年の教科書だけを丸暗記できたとしても役には立たない。
最低でも、その前の学年までの予習を終えていなければ、満点など取れるわけがないのだ。
だが、逆にそれは凄いことなのではないだろうか。碧ちゃんとお嬢様の年齢差はわからないが、見た目からすればおそらく五歳は離れている。つまり碧ちゃんは、五年先の予習迄を終わらせているという事だ。
飛び級という制度があれば、お嬢様と同じ学年になっていてもおかしくない。
天才とか秀才とかいう才能は置いておいても、出来るからといってそれをやるというのは、自分のような怠惰で事なかれ主義の人間からすれば尊敬しかない。
「もし本当に完全記憶なんてものがあったとしても、そんなものは小岩井碧にとってはちょっとした底上げ、例えるならハイヒールを履いた程度のものでしかありません。小岩井碧がそんなものに頼る様な軟弱ならば、とうに勝負はついていますわ」
そういうのを聞いて、少し以外に思った。大したことはない、なんて言っておいて、随分と碧ちゃんの事を買っているらしい。
いや、そうでなければここまで勝ちに拘ったりしないだろう。
相手を認めているからこそ勝ちたい。なのに勝てないから負け惜しみを口にする。そう考えれば、とても分かりやすいひねくれ方だ。
「というかですねぇ、馬鹿正直に真正面から行くから負けるんじゃないんですか? お嬢はひねくれてるんだから、真正面からぶつかっても負けるに決まってますし、絡め手とか使ってみたらどうですかね」
また双海さんが余計なことを言ったが、これは聞き逃して貰ったらしく、お嬢様は眉を顰めただけで何も言わなかった。
「ですが、絡め手は小岩井様の得意分野だと思います」
「はい。もう真正面から来られても裏があることを警戒して、逆にそれが搦め手になるレベルですから」
皐月君の言葉に、相良さんが頷いた。
どうやら今まで随分とやられているらしい。
「そうでなくても、お嬢は真正面から殴られても、背中から刺されてますからね」
茶化すような双海さんの言葉に、どういう意味だろうと首を捻ったが、恐らくお嬢様が顔が相手と向き合っているのに、背中も相手の方を向いているくらいにひねくれ過ぎているという意味なのだろう。
面従腹背とはこのことだろう。いや、それはそういう意味では無いのだけれど。
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プロフィール
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- 未田 尚(まだ なお)
- 通称
- にゃー
- お仕事募集ちう。
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