碧ちゃんの話
9
だがそれでは満足できないお嬢様は、友達になりたいと思った碧ちゃんに突っかかって勝負を仕掛け……勝てる物が無い、と証明されてしまったのだろう。
勝って当然なもの……年齢差による、肉体的な成長以外には。
最初に友達になってくださいと言っていればそれで良かった。あの孤高の姿を思い出せば、それで友達になれたかといえば疑問だけれど、少なくともこんな複雑なひねくれ方にはならなかったはずだ。
だが恐らく、プライドとこの捻くれた性格ゆえにそれが出来なかったのだろう。
お嬢様は、その捻じれを治そうとしているのだ。
真っ直ぐに戻すのではなく、意地でもこじつけしてでも勝負に勝つという、更に半回転捻る方向で。
どう考えても、謝って最初からやり直す方が早くて簡単だ。だが、ブライドと捻くれた性格がそれを許さない。それがなければそもそもこうはなっていないのだから当然だ。
だから、何がどうなってもそれ自体が自業自得。友達になりたい相手と競う事になったのも、初等部生相手に結果がどうだろうと得にはならない真剣な勝負をしなくてはならなくなったのも、全て。
意味のない、そして子供らしくて可愛らしいひねくれ方だ。好きな子を虐めて、悪い事をしているとわかっているのに謝る事が出来ない子供のような。
話を聞く限り、酷い目に合っているのはお嬢様の方のようだけれど。
そういう意地の張り方は嫌いではない。面倒臭いとは思うけれど、素直になれずに自分を追い込んでいく思春期によくある子供の姿は微笑ましいとも思うし、損でしかないとわかっていてそれを貫こうとするところには敬意も覚える。
自分には無関係だからそんな呑気な事を言っていられるのだろうけれど。
もっとも、それも行き過ぎてしまえば微笑ましいなどと言っていられないが、
「お嬢は本当、めんどくさいですねぇ」
「お嬢様のなさりたいことに協力するのが私たちの役目ですから」
お嬢様には、どうやら理解して見守ってくれる友達もいるらしい。
その本心がわかっているから、双海さんは揶揄い、相良さんは何も言わずに真面目な顔をして付き合っているのだろう。
ならば、無関係な部外者が口を出したり勝手な心配をするのは余計な事だ。こうして、微笑ましく見守っているべきだろう。
「でもお嬢様。小岩井様とは仲良くなさったほうがいいと思います。別に競い合わなければいけない相手ではないのですし……」
「皐月」
「すみません、でしゃばりました」
知らぬは皐月くんばかりらしい。
このままお嬢様に毒されずに素直なままでいて欲しいと、無関係故の無責任さでそう思う。
多分、本人は毒されてしまった方が楽になるのだろうけれど。
『まもなく~』
車内にアナウンスが流れ、献血ルームのある駅名が読み上げられる。
話を聞いていたせいで勝手に親しみを感じて名残惜しい気もするが、本来……どころか今も無関係な他人なのだ。しようとしてではなくても盗み聞きされていたなどと、不快を与える前に別れて置くべきだろう。
──と降りる準備をしようとしたところで、電車がブレーキを掛けた。
それは、電車に乗り慣れていれば急ブレーキという程ではない。少し荒い、くらいの止まり方。
だが、電車に乗るなど直前まで考えた事すらなかっただろうお嬢様には、危険運転だったらしい。バランスを崩し……というよりも慣性の法則による勢いを保ったそのままで、前方であるこちらへと倒れ込んで来た。
とっさに身長差のあるその肩を、自分の二の腕辺りで受け止め、その勢いに合わせて体を反対側へと逸らして、倒れ込んでくるその体に掛かる慣性を、そっと殺す。
慣性が完全になくなったところで、とん、と肩を軽く押し返し、お嬢様を元の位置へと立ち直らせた。それに合わせた様に電車のドアが開く。いや、停止の勢いが止まったからドアを開いたのだろうから、当たり前なのだが。
そのお嬢様の背後をすり抜けて、逃げるように出口へと向かう。いや、盗み聞きしていたことに気付かれるのではないかと、気不味かったのは間違いないけれど。
「あ、あの!」
その後ろを通ろうとしたところで、皐月君が振り向いた。
「ありがとうございました」
お嬢様を支えてあげたことに気が付いたらしい。忠実なメイドさんは、それに相応しく律儀だった。
「いや、余計な事をしたね」
自分がとっさに動いてしまっていなければ、皐月君が伸ばしかけていた手が、お嬢様の手を掴むのに間に合っていただろう。
吊革につかまるのにさえ躊躇していたお嬢様が、服越しの肩だけとはいえ、見知らぬ男に触れられて気分が良いわけがない。それよりは信頼するメイドさんに助けて貰う方が良いに決まっている。
本当に余計なことをしてしまった、とお嬢様の様子を窺う。
お嬢様は、何が起きたのかわからないという、キョトンというか、呆然とした様子でこちらを眺めていた。
多分お嬢様からすれば、倒れると思ったのに何故かきちんと立っていて、気が付けば皐月君が見知らぬ男に礼を言っているという状況なのだろう。
だとしたら、肩に触れられたことにも気付いていないはずだ。
不快を与えてしまっていないのならば、良かった。
まだ何か言いたそうな皐月君を置いて、出口へと向かう。早く降りなければ、ドアが閉まってしまう。もう一駅一緒に行かなければいけないという事になれば、流石に気不味い物がある。
今にも締まりそうなドアから吹き込んで来る外気の熱に、汗が噴き出てくる。
あのお嬢様は、捻くれているけれど友達にも使用人にも恵まれているようだ。それはつまり、本人が捻くれている分を差し引いても慕われるだけの良い娘だということだろう。
いつか、その望みが叶って碧ちゃんと友達になれる日が来るといいと思う。
多分、それは、お嬢様が今進もうとしている方向での友達ではないのだろうけれど……きっと、捻くれ者の本人にとっても、その方が良いのではないかと、思う。
勝って当然なもの……年齢差による、肉体的な成長以外には。
最初に友達になってくださいと言っていればそれで良かった。あの孤高の姿を思い出せば、それで友達になれたかといえば疑問だけれど、少なくともこんな複雑なひねくれ方にはならなかったはずだ。
だが恐らく、プライドとこの捻くれた性格ゆえにそれが出来なかったのだろう。
お嬢様は、その捻じれを治そうとしているのだ。
真っ直ぐに戻すのではなく、意地でもこじつけしてでも勝負に勝つという、更に半回転捻る方向で。
どう考えても、謝って最初からやり直す方が早くて簡単だ。だが、ブライドと捻くれた性格がそれを許さない。それがなければそもそもこうはなっていないのだから当然だ。
だから、何がどうなってもそれ自体が自業自得。友達になりたい相手と競う事になったのも、初等部生相手に結果がどうだろうと得にはならない真剣な勝負をしなくてはならなくなったのも、全て。
意味のない、そして子供らしくて可愛らしいひねくれ方だ。好きな子を虐めて、悪い事をしているとわかっているのに謝る事が出来ない子供のような。
話を聞く限り、酷い目に合っているのはお嬢様の方のようだけれど。
そういう意地の張り方は嫌いではない。面倒臭いとは思うけれど、素直になれずに自分を追い込んでいく思春期によくある子供の姿は微笑ましいとも思うし、損でしかないとわかっていてそれを貫こうとするところには敬意も覚える。
自分には無関係だからそんな呑気な事を言っていられるのだろうけれど。
もっとも、それも行き過ぎてしまえば微笑ましいなどと言っていられないが、
「お嬢は本当、めんどくさいですねぇ」
「お嬢様のなさりたいことに協力するのが私たちの役目ですから」
お嬢様には、どうやら理解して見守ってくれる友達もいるらしい。
その本心がわかっているから、双海さんは揶揄い、相良さんは何も言わずに真面目な顔をして付き合っているのだろう。
ならば、無関係な部外者が口を出したり勝手な心配をするのは余計な事だ。こうして、微笑ましく見守っているべきだろう。
「でもお嬢様。小岩井様とは仲良くなさったほうがいいと思います。別に競い合わなければいけない相手ではないのですし……」
「皐月」
「すみません、でしゃばりました」
知らぬは皐月くんばかりらしい。
このままお嬢様に毒されずに素直なままでいて欲しいと、無関係故の無責任さでそう思う。
多分、本人は毒されてしまった方が楽になるのだろうけれど。
『まもなく~』
車内にアナウンスが流れ、献血ルームのある駅名が読み上げられる。
話を聞いていたせいで勝手に親しみを感じて名残惜しい気もするが、本来……どころか今も無関係な他人なのだ。しようとしてではなくても盗み聞きされていたなどと、不快を与える前に別れて置くべきだろう。
──と降りる準備をしようとしたところで、電車がブレーキを掛けた。
それは、電車に乗り慣れていれば急ブレーキという程ではない。少し荒い、くらいの止まり方。
だが、電車に乗るなど直前まで考えた事すらなかっただろうお嬢様には、危険運転だったらしい。バランスを崩し……というよりも慣性の法則による勢いを保ったそのままで、前方であるこちらへと倒れ込んで来た。
とっさに身長差のあるその肩を、自分の二の腕辺りで受け止め、その勢いに合わせて体を反対側へと逸らして、倒れ込んでくるその体に掛かる慣性を、そっと殺す。
慣性が完全になくなったところで、とん、と肩を軽く押し返し、お嬢様を元の位置へと立ち直らせた。それに合わせた様に電車のドアが開く。いや、停止の勢いが止まったからドアを開いたのだろうから、当たり前なのだが。
そのお嬢様の背後をすり抜けて、逃げるように出口へと向かう。いや、盗み聞きしていたことに気付かれるのではないかと、気不味かったのは間違いないけれど。
「あ、あの!」
その後ろを通ろうとしたところで、皐月君が振り向いた。
「ありがとうございました」
お嬢様を支えてあげたことに気が付いたらしい。忠実なメイドさんは、それに相応しく律儀だった。
「いや、余計な事をしたね」
自分がとっさに動いてしまっていなければ、皐月君が伸ばしかけていた手が、お嬢様の手を掴むのに間に合っていただろう。
吊革につかまるのにさえ躊躇していたお嬢様が、服越しの肩だけとはいえ、見知らぬ男に触れられて気分が良いわけがない。それよりは信頼するメイドさんに助けて貰う方が良いに決まっている。
本当に余計なことをしてしまった、とお嬢様の様子を窺う。
お嬢様は、何が起きたのかわからないという、キョトンというか、呆然とした様子でこちらを眺めていた。
多分お嬢様からすれば、倒れると思ったのに何故かきちんと立っていて、気が付けば皐月君が見知らぬ男に礼を言っているという状況なのだろう。
だとしたら、肩に触れられたことにも気付いていないはずだ。
不快を与えてしまっていないのならば、良かった。
まだ何か言いたそうな皐月君を置いて、出口へと向かう。早く降りなければ、ドアが閉まってしまう。もう一駅一緒に行かなければいけないという事になれば、流石に気不味い物がある。
今にも締まりそうなドアから吹き込んで来る外気の熱に、汗が噴き出てくる。
あのお嬢様は、捻くれているけれど友達にも使用人にも恵まれているようだ。それはつまり、本人が捻くれている分を差し引いても慕われるだけの良い娘だということだろう。
いつか、その望みが叶って碧ちゃんと友達になれる日が来るといいと思う。
多分、それは、お嬢様が今進もうとしている方向での友達ではないのだろうけれど……きっと、捻くれ者の本人にとっても、その方が良いのではないかと、思う。
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プロフィール
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- 未田 尚(まだ なお)
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- にゃー
- お仕事募集ちう。
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