碧ちゃんの話
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献血ルームの自動ドアを潜ると、柔らかい冷気が体を包み込んだ。
駅の隣、電車からでさえ200m程しか歩いていないが、それでもその短い間に体温が上がってしまう程度には暑かったらしい。
一歩の差でわかる程に涼しくはあるが、汗が一度に引くという程強い冷気ではない。だが、それは冷房が効いていないという事ではなかった。
献血には時間が掛かる。成分献血であれば、受付も合わせて二時間程を見ておかなければならない上に、その間の殆どを管に繋がれて動けずにいなければいけないのだ。
入って来た瞬間のみ心地いい、よりも、最初は暑く感じても長くいる内にちょうど良く感じるようになる温度にしているのだろう。
ここには、大学に入学してからの三年間、定期的に通っているのだ。勝手知ったる、で受付へと向かう。
当然慣れたもので、受付での手続きもすぐに終わった。
が、そこで今日はどうやら待たなければいけないらしい。
献血ルームを訪れるのは大抵が成分献血の人で全血献血は人数が少ないし、終わるまでの時間も短くて済む。
だからいつもは直ぐに終わるのだが、その分設備の数が少ないので、タイミングが悪いと前の人が終わるまで待たされることになる。
特に普段は平日に来ているのだが、今日は長期休暇中だ。それでも平日ならば少しは空いているだろうと思っていたのだが、甘かったらしい。
いや、献血ルームが混んでいるのは良い事なのに間違いないが。
待つと言っても全血献血ならば10分くらいでしかない。当然どこかに行く程の時間があるわけでもないので、待合室で待つことにして、椅子に腰を下ろす。
その椅子は病院によくある固い物ではなく、柔らかく座り心地の良いソファだ。
置かれた間隔も狭い空間に限界まで押し込めようとするものではなく、ゆったりと並べられて開放感がある。
人の多いところが好きではない自分には快適な空間だと言える。なによりも、混んでいるのは採血室の話で、この待合室には今は他に誰もいない。
快適なのは人がいないだけではない。
控え目な冷房は受付の終わった今になってようやく火照りが収まるくらいに抑えられていて、冷房が好きではない自分にとっても不快を感じる程ではないし、献血の前後は水分を取る事を推奨されているだけに、ファミレスのドリンクバーにあるような飲み物が飲み放題になっている。
菓子類が置いてあるのは手持ち無沙汰を紛らわせるためなのか、血液と共に失うカロリーを補う為なのか。
申し訳なくなるくらいの好待遇だ。
だが、血液を金で買おうとすればこの程度の待遇では足りない筈だ。勿論売れるものではないからあくまで比較すれば、でしかないが。
居心地が悪かったからまた来るのはちょっと、等と思われては困る。快適だったからまた来よう、と思って貰う為の必要経費の内で、そう考えれば多分、これでもまだ安いくらいなのだろう。
さて、と一息ついたところで手持ち無沙汰になった。待合室にも採血室にも暇つぶしの為の本は置いてあるが、今はそんな気分でもない。採血中は膨らんでいく輸血パックをぼうっと眺めていれば時間が経つので、読む本なども持って来ていない。
何とは無しに、受付のカウンターの向こう側の看護師さんに目をやった。
今日もいつも通り、パタパタと歩き回って忙し気に働いている。
「やっぱ看護師さんっていいよなぁ」
「看護師なんていう他人の命を預かる仕事をしようっていう人は、当然それに相応しい覚悟を持っている人たちだからね。国家試験に受かるには並大抵じゃない努力が必要だし、実際に働けば重労働だし。怪我や病気、入院生活で落ち込んだり気が立ったりしている人の相手をしなくちゃいけないし。献血ルーム はそこまでではないんだろうけど、それでもちょっとした失敗で血液を駄目にして輸血出来なくしたり、気付かなければそのまま輸血されて患者の命に関わる事になる可能性だってある。もっと楽な仕事ももっと儲かる仕事もあるだろうに。本当に頭が下がる。感謝しかないよ」
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プロフィール
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- 未田 尚(まだ なお)
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