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碧ちゃんの話


3

 職業という自分の人生を他人の為に使う事が出来るというのは、本当にすごい事だと思う。
 自分などは、自分の人生を自分の為にすら使えていないというのに。
「ここは制服がスカートだけど、他はどこもズボンだろ? 期待して病院に行くのに、そのたびにガッカリする羽目になるんだよなぁ」
「看護師なんて重労働をスカートでするのは大変だろうから許してあげて」
 スカートなど履いたことがないから本当のところはわからないが、ひらひらと翻るスカートが足に纏わりつく様子を見るたびに、大変だなと思う。あれで走るなんて自分には多分無理だ。
「『看護婦さん』だった頃はみんなミニスカだったんだろ? 天国じゃん? いいよなぁ。憧れちゃうなぁ。俺もその時代に生まれたかったぜ」
「ミニスカじゃなかったと思うよ。スカートではあったみたいだけど」
 多分、そういう期待をして調べるからそういう画像ばかりが集まるのだろう。
「あの制服に憧れて看護婦さんになった人とかいると思うんだよ。そういう人たち、がっかりしたんじゃないかな。少なくとも俺だったら今のあのズボン姿に憧れて看護師さんになろうとは思わないと思う」
「まぁ、それは人それぞれだから」
 とはいえ制服というものはその職業を示す象徴であり、その職業への憧れが制服姿に集約されるということはよくあることだ。
 その象徴としての役割という点で考えれば、ナースキャップを代表とした看護服の方が、今の機能優先であろうシンプルなものより優れているだろうとは思う。
「そもそもさ、看護師さんより看護婦さんって響きの方がそそるじゃん? なんで変えちゃったんだろうな」
「そういう奴がいるからじゃないかな」
 実際には、女性に限られていた看護職に男性も就けるようになった時に、男性を『婦』とは呼べないから『看護士』と呼ぶことになり、同じ仕事なのに性別で呼び方を分けるのは……という事で統一されたのだ。
 尤も、性別で分けないという理由のひとつにそういう事が影響しているというのは十分有り得ることだけれど。
「それは置いといてもさ、看護『師』さん、よりも看護『婦』さん、の方が親しみ持てると思うんだよ。そういう安心感って、病気の時とか入院した時とか、大事じゃね?」
 それも、人それぞれだと思う。親しみを持てる方が安心出来るのか、頼れる方が安心出来るのか。
 まぁ、それも本人がどう印象を持つのかだけであって、内容が変わるわけではないのだけれど。
「でもさ、入院して一日中看護師さんにお世話して貰うのとか憧れるよな。いいよなぁ。俺も入院したいぜ」
「やめといた方が良いよ。看護師さんにお世話されるなんて自分じゃ何も出来ないくらい重症な時だけだし、そうなったら多分お世話して貰って嬉しい、なんて言っていられないだろうし」
 少なくとも、骨折くらいでは一日中お世話、なんてことにはならない。
 そもそもただでさえ忙しい職種なのだ。余計な仕事を増やさないであげて欲しい。
「じゃあさ、看護師さんを身の回りの世話して貰う為に雇うってどうよ? そしたらそれが仕事なんだから、みんな幸せじゃね?」
「うん、多分それは看護師さんじゃなくて看護師の資格を持ったメイドさんだと思う」
 病人や老人の身の回りの世話をさせる家政婦を雇う時に、何かあった時の為に看護師の資格を持った人を選ぶ、という話は聞く。
 勿論、ただ家政婦を雇うだけでもかなりの金額がかかる。その上看護師の資格まで持っている人となれば、その分の手当ても増やさなければならず、相当に裕福でなければ無理だろう。
「看護師さんでメイドさん……最強かよ」
「うん、そうだな」
 何が最強か、の定義なんて人それぞれなのだから、本人がそう思っているのならばそれでいいと思う。
「で、おにぃさんはどの子が好み? 俺は奥で事務してるあの子かなぁ。ほら、大人しくて控え目そうで、でも甲斐甲斐しく尽くしてくれそうじゃん?」
「うん。一生懸命働いている人はみんな尊いよ」
 何かに必死になるというのはとてもすごい事だ。それも、看護師という誰かの役に立つ事の為に。
 努力も苦労もする気がなく、ただ血を差し出す事で何かしたのだという言い訳をしている自分などとは比べようがない。
「うん、そうだよな。女の子は女の子だってだけでみんな可愛い。真理だよな。おにぃさんわかってる」
 そう言って、嬉しそうにこちらの肩をばんばんと叩く。
「で……」
 流石にそこで横を向いて、
「確か、緑、だっけ」
 いつも見かけてはいるけれど、会ったのは一度だけ……と言えるのかも怪しい相手に、声を掛けた。
 緑はソファの後側から背もたれに肘をついて、こちらを覗き込む姿勢のままで、にやりと笑った。
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未田 尚(まだ なお)
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