碧ちゃんの話
5
自分のことを碧ちゃんに近付けまいとしていた妙さんがそんな話をするはずがないから、多分千恵理だろう。
勿論千恵理ならそういう話をする、という意味ではない。
千恵理は、自分のことを碧ちゃんと友達にさせたがっていた。気持ちはわかる。あの孤高さは、傍から見る分には美しいが、姉から見れば心配になるだろう。
その話を聞いた緑が、色々と話を膨らませてそういう事だという事にして揶揄いに来たのに違いない。
「実際には、知り合いですらないけどね」
それにしても、これだけ年の離れた姉を呼び捨てにするという事は、相当に仲が良いのだろう。
千恵理も家出したとは言いながら、こうして家族と頻繁に連絡を取り合っているらしいことに、何故か安心した。
「知り合いじゃないなんて些細なことだぜ」
「些細なんだ」
知らない同士が知り合って友達になって恋人になる、というのが普通の流れだろう。
結婚前提のお見合いで出会った、などであれば話は別だが、勿論碧ちゃんとはそんな関係ではない。
「直接顔を見て知ってる、覚えてるってのが知り合いってことなら、あいつにとってすれ違った人全員知り合いだろ」
そう聞いて、ほんの少し前に耳に挟んだ言葉が頭を過った。
「完全記憶……」
「ああ、知ってんだ。流石」
流石、と言われても。
その気は無かったとはいえ盗み聞きして知ったのだ、と言うわけにもいかずに曖昧に頷いた。
「だからなのか、あいつにとって知り合いもそうじゃない人も、よく会う人も一度すれ違っただけの人も、変わんないっぽいんだよな」
それも、特別な能力を持つという事の弊害なのだろう。
自分のような平々凡々……よりはどうしようもない寄りの人間にとっては、自分がそうだったら大変だろう……くらいの事しか思えない。
「それは置いておいても、あの碧ちゃんに男なんてありえないだろう」
碧ちゃんを知っている人ならば、まして家族であるならば、碧ちゃんに男が……それも自分のような男が相手になるなんて思わないだろう。
そもそも緑はお兄さん、と呼んでくれているが、実際にはこのくらいの年齢からすれば、自分などはおじさんに見えているはずだ。
自分の男だ、とか恋愛対象だとか、そう思えるわけがない。
「だってさ、『その謝意、受け取らせていただきますわ』だろ? あいつはいっつも自分の周りに壁立ててて、近寄るなってオーラを無差別に放ってて、誰も近づけようとしないってとこ、あるじゃん? 例え言葉だけだったとしても、他人を受け入れるなんて、聞いたこともない……ってより、そんなことがあるなんて想像すらできなかったもん。千恵理から聞いて、あの妙までそう言ってたからようやく信じられたくらいでさ」
千恵理と妙さんの反応から、それが珍しい事だとは思っていた。けれど、そこまで特別だったとは、と少し意外だった。
いや、あの孤高の印象からすればそうかもしれない……とは、思えるけれど。
「まぁ、男って言っても恋人まではいかないで精々ボーイフレンドくらいだろうなってのは、おにぃさんを見ればわかるけど」
そう言って、緑はこちらを横目で見て揶揄う様に、にやりと笑った。
だから知り合いですらない……と言っても聞かないのはわかっている。
「って言うかさ、あいつって……こういう言い方が正しいのかはわかんないけど、この世界に人間は自分ひとりしかいないって思ってるんじゃないかって時があるんだ。人間は自分一人で、後は人間じゃない……猿かなんかに見えてるんじゃないかって」
「それは、違うと思うよ」
気付けば自分でもわかるくらい、食い気味にそう答えていた。
あの時、すれ違っただけの自分を、碧ちゃんは真っ直ぐに見詰めていた。手助けが必要だと思った、と間違いなくそう言っていた。
少なくともそれは、自分と対等なひとりの人間に対する態度以外の何物でもない。
見下されているとか、情けをかけてやろうとか、そういう目線が違う相手に対する態度ではなかった。
「世界に自分一人しかいないっていうのと、自分以外は猿だってのとは、違う」
世界に自分一人しかいない。その気持ちはわかる。よくわかる。
自分以外の全てが別の世界にあるのだとしても、全てが色褪せた記録映像の存在であるのだとしても、それは、確かに存在する物なのだ。
自分と全くかかわりのない別の世界であっても、或いはいつなのかもわからない違う時間であっても、それが紛れもなく実際に存在している……存在していた物であることは変わらない。
「例えばさ、人間は全ての相手と友達になれるわけじゃない。友達じゃない相手を、友達と同じ様に扱えるわけでもない。というか、友達じゃない相手を友達と同じに扱うってことは、逆に言えば友達を友達として扱ってないってことだろう? だから、友達じゃない人はそう扱う。それとおんなじだよ。ただその友達の範囲が他の人と比べて狭くて、そこに入っている人がいないから、『自分』の外がすぐ『知ってるだけの人』になってるから、落差が大きく見えるんだと思うよ。だから多分、緑たち『家族』は、違うだろう?」
それは全て、あくまで想像の話でしかないけれど。
でもあの時出会ったあの少女は、例え知らない人でも気に掛けるような……まして友達ならばそれ以上に大事にする、そういう人だと、そう、思ったから。
「まぁ、違う気がするかもしれない、ってだけだけどな」
そう言って、緑は照れくさそうに笑った。
多分、碧ちゃんのその態度に心当たりがあるのだろう。
少しだけ、ほっとする。そんな心当たりはない、なんて言われたらどう答えていいかわからなかったから。
「……そういうとこなんかな」
「そういう?」
ぽつりとした緑の呟きにそう聞き返すと、緑は何故か気不味そうに視線を泳がせた。
「いや……うん。自分てもんがしっかりとあるから、他人が自分と違うってことを気にしないでいられるのかなって。碧も、そうなのかな……って、ちょっとね」
いや、それは違うと思う。
碧ちゃんはしっかりとした芯があってのそれだけれど、自分はただ他人に興味がないだけだ。
芯も自分もない暖簾が押されるままにゆらゆらと揺れているだけなのであって、碧ちゃんのそれと一緒にしてしまっては申し訳ない。
勿論千恵理ならそういう話をする、という意味ではない。
千恵理は、自分のことを碧ちゃんと友達にさせたがっていた。気持ちはわかる。あの孤高さは、傍から見る分には美しいが、姉から見れば心配になるだろう。
その話を聞いた緑が、色々と話を膨らませてそういう事だという事にして揶揄いに来たのに違いない。
「実際には、知り合いですらないけどね」
それにしても、これだけ年の離れた姉を呼び捨てにするという事は、相当に仲が良いのだろう。
千恵理も家出したとは言いながら、こうして家族と頻繁に連絡を取り合っているらしいことに、何故か安心した。
「知り合いじゃないなんて些細なことだぜ」
「些細なんだ」
知らない同士が知り合って友達になって恋人になる、というのが普通の流れだろう。
結婚前提のお見合いで出会った、などであれば話は別だが、勿論碧ちゃんとはそんな関係ではない。
「直接顔を見て知ってる、覚えてるってのが知り合いってことなら、あいつにとってすれ違った人全員知り合いだろ」
そう聞いて、ほんの少し前に耳に挟んだ言葉が頭を過った。
「完全記憶……」
「ああ、知ってんだ。流石」
流石、と言われても。
その気は無かったとはいえ盗み聞きして知ったのだ、と言うわけにもいかずに曖昧に頷いた。
「だからなのか、あいつにとって知り合いもそうじゃない人も、よく会う人も一度すれ違っただけの人も、変わんないっぽいんだよな」
それも、特別な能力を持つという事の弊害なのだろう。
自分のような平々凡々……よりはどうしようもない寄りの人間にとっては、自分がそうだったら大変だろう……くらいの事しか思えない。
「それは置いておいても、あの碧ちゃんに男なんてありえないだろう」
碧ちゃんを知っている人ならば、まして家族であるならば、碧ちゃんに男が……それも自分のような男が相手になるなんて思わないだろう。
そもそも緑はお兄さん、と呼んでくれているが、実際にはこのくらいの年齢からすれば、自分などはおじさんに見えているはずだ。
自分の男だ、とか恋愛対象だとか、そう思えるわけがない。
「だってさ、『その謝意、受け取らせていただきますわ』だろ? あいつはいっつも自分の周りに壁立ててて、近寄るなってオーラを無差別に放ってて、誰も近づけようとしないってとこ、あるじゃん? 例え言葉だけだったとしても、他人を受け入れるなんて、聞いたこともない……ってより、そんなことがあるなんて想像すらできなかったもん。千恵理から聞いて、あの妙までそう言ってたからようやく信じられたくらいでさ」
千恵理と妙さんの反応から、それが珍しい事だとは思っていた。けれど、そこまで特別だったとは、と少し意外だった。
いや、あの孤高の印象からすればそうかもしれない……とは、思えるけれど。
「まぁ、男って言っても恋人まではいかないで精々ボーイフレンドくらいだろうなってのは、おにぃさんを見ればわかるけど」
そう言って、緑はこちらを横目で見て揶揄う様に、にやりと笑った。
だから知り合いですらない……と言っても聞かないのはわかっている。
「って言うかさ、あいつって……こういう言い方が正しいのかはわかんないけど、この世界に人間は自分ひとりしかいないって思ってるんじゃないかって時があるんだ。人間は自分一人で、後は人間じゃない……猿かなんかに見えてるんじゃないかって」
「それは、違うと思うよ」
気付けば自分でもわかるくらい、食い気味にそう答えていた。
あの時、すれ違っただけの自分を、碧ちゃんは真っ直ぐに見詰めていた。手助けが必要だと思った、と間違いなくそう言っていた。
少なくともそれは、自分と対等なひとりの人間に対する態度以外の何物でもない。
見下されているとか、情けをかけてやろうとか、そういう目線が違う相手に対する態度ではなかった。
「世界に自分一人しかいないっていうのと、自分以外は猿だってのとは、違う」
世界に自分一人しかいない。その気持ちはわかる。よくわかる。
自分以外の全てが別の世界にあるのだとしても、全てが色褪せた記録映像の存在であるのだとしても、それは、確かに存在する物なのだ。
自分と全くかかわりのない別の世界であっても、或いはいつなのかもわからない違う時間であっても、それが紛れもなく実際に存在している……存在していた物であることは変わらない。
「例えばさ、人間は全ての相手と友達になれるわけじゃない。友達じゃない相手を、友達と同じ様に扱えるわけでもない。というか、友達じゃない相手を友達と同じに扱うってことは、逆に言えば友達を友達として扱ってないってことだろう? だから、友達じゃない人はそう扱う。それとおんなじだよ。ただその友達の範囲が他の人と比べて狭くて、そこに入っている人がいないから、『自分』の外がすぐ『知ってるだけの人』になってるから、落差が大きく見えるんだと思うよ。だから多分、緑たち『家族』は、違うだろう?」
それは全て、あくまで想像の話でしかないけれど。
でもあの時出会ったあの少女は、例え知らない人でも気に掛けるような……まして友達ならばそれ以上に大事にする、そういう人だと、そう、思ったから。
「まぁ、違う気がするかもしれない、ってだけだけどな」
そう言って、緑は照れくさそうに笑った。
多分、碧ちゃんのその態度に心当たりがあるのだろう。
少しだけ、ほっとする。そんな心当たりはない、なんて言われたらどう答えていいかわからなかったから。
「……そういうとこなんかな」
「そういう?」
ぽつりとした緑の呟きにそう聞き返すと、緑は何故か気不味そうに視線を泳がせた。
「いや……うん。自分てもんがしっかりとあるから、他人が自分と違うってことを気にしないでいられるのかなって。碧も、そうなのかな……って、ちょっとね」
いや、それは違うと思う。
碧ちゃんはしっかりとした芯があってのそれだけれど、自分はただ他人に興味がないだけだ。
芯も自分もない暖簾が押されるままにゆらゆらと揺れているだけなのであって、碧ちゃんのそれと一緒にしてしまっては申し訳ない。
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プロフィール
- 名前
- 未田 尚(まだ なお)
- 通称
- にゃー
- お仕事募集ちう。
- 文章を書く関係ならなんでも。
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