碧ちゃんの話
3
年齢からすれば老婆、と呼ぶべきだろう。多分緑が切った髪を投げつけた婆、というのもこの人の事なのだと思う。だが、その雰囲気はどうしても婆、などと呼べるものではなかった。
いくら自分の身内であったとしても、よくも緑はこの人を婆などと呼べるものだと、ある意味感心した。
「失礼します」
その老女は、柔らかく、しかし背筋を伸ばしたまま真っ直ぐと頭を下げ、漆黒の着物の、端僅かだけに桜の舞い散る裾を揺らして病室へと入って来た。
妙さんが露払いをしている事からも、小岩井家の人間であることはわかる。だが、それがなかったとしても、この立ち居振る舞いだけで碧ちゃんの関係者だとわかっただろう。
続いて妙さんが入ってくる。……かと思いきや、入り口の脇に立ったそのままで、背後に向かってなにやらごそごそとやっていた。
「緑」
その様子に気付いた老女がそう短く声を掛ける。
それに合わせてごそごそとしていた音が静まり、一瞬の間を開けて妙さんの背後から緑が恐る恐るといった風に顔を出した。
自分に怪我をさせてしまった後ろめたさなのか、恐らく祖母であろうこの老女が苦手だからなのか。病室に入るのを逡巡しているのを妙さんが早く入るように促していたのだろう。
病院の中だからか、いつもの帽子は被っておらず、長い髪を真っ直ぐに垂らしている。
更に妙さんに促されるようにしてようやく観念したのか、緑はおずおずと病室へと入って来た。
精密検査が終わったばかりだから、着ているのは自分と同じ病院着だろうと思っていたが、違った。いつも見かけていた、あの普段の格好でもない。
若草色のワンピース……いや、これはもうドレスと呼ぶ方が合っているだろう。胸元に涼し気なレースをあしらった、ノースリーブの夏物のドレス。
やはり凝った装飾の似合う碧ちゃんとは違い、緑にはこういうシンプルな物の方が良く似合っていた。
病院着ではないということは、もう精密検査の結果、問題ないということになったのだろう。ようやく全て終わった気がして、ほっと胸を撫で下ろした。
その緑に続いて……というよりは足が進まない様子の緑を追い立てるように、妙さんが入って来た。緑は老女の隣に並び、妙さんはその背後に控える。
「緑の曾祖母の、小岩井桜子と申します。まずはお詫びを。うちの緑のせいで怪我をさせてしまいましたこと、本当に申し訳ございませんでした」
そう言って深々と頭を下げた。それに合わせて背後で妙さんも頭を下げる。
それから一拍遅れて緑も頭を下げた。多分、この段取りを聞いていなかったのだろう。恐らく、妙さんも聞いていて合わせているのではないのだろうけれど。
「それから、緑を助けてくださってありがとうございました。おかげで、この年で曾孫まで先に見送るなどということにならずに済みました」
まで、という言い方に引っ掛かりを感じたけれど、口には出さなかった。親でも祖父母ですらなく曾祖母がここにいる。つまりそういう事なのだろうと。
それよりも、曾祖母と名乗られたことに驚いていた。緑と碧ちゃんならまだしも、二十歳になった千恵理の曾祖母と言われても、とてもそんな年齢には見えない。
いや、結婚も出産も二十歳前には出来るのだから、代々若いうちに子供を作っていればそうおかしなことではないのだけれど。
やはりお金持ち……名家というのは早婚なのだろうか。
こうして並んでいるのを見ると、桜子さんも緑も正装と言って良い姿だった。妙さんはいつものメイド服姿だったけれど、これは逆に使用人を従えて来ているのだという事自体が、これが正式な謝礼の場だということを示しているのだろう。その使用人として連れて来たのがこちらと顔見知りの妙さんだというのは、こちらに気を使った結果なのだと思う。
となると、自分が個室、それも一番良いだろう部屋に入れられた理由もわかる。いわば正式な謝礼をする場として、桜子さんがこの部屋を借りたのだ。
もちろん自分としてはそんなことまでして貰う必要はないのだけれど、きちんとした礼をしたい、という気持ちはわかる。
だから、黙ってその気持ちを受け取ることにした。
どうせ直に精密検査の結果が出て退院という事になるだろうし、なによりも今から他の病室に移ったとしてもこの部屋の使用料がなくなるわけではないから、逆に無駄に病室の使用料を払うだけになってしまうのだから。
いくら自分の身内であったとしても、よくも緑はこの人を婆などと呼べるものだと、ある意味感心した。
「失礼します」
その老女は、柔らかく、しかし背筋を伸ばしたまま真っ直ぐと頭を下げ、漆黒の着物の、端僅かだけに桜の舞い散る裾を揺らして病室へと入って来た。
妙さんが露払いをしている事からも、小岩井家の人間であることはわかる。だが、それがなかったとしても、この立ち居振る舞いだけで碧ちゃんの関係者だとわかっただろう。
続いて妙さんが入ってくる。……かと思いきや、入り口の脇に立ったそのままで、背後に向かってなにやらごそごそとやっていた。
「緑」
その様子に気付いた老女がそう短く声を掛ける。
それに合わせてごそごそとしていた音が静まり、一瞬の間を開けて妙さんの背後から緑が恐る恐るといった風に顔を出した。
自分に怪我をさせてしまった後ろめたさなのか、恐らく祖母であろうこの老女が苦手だからなのか。病室に入るのを逡巡しているのを妙さんが早く入るように促していたのだろう。
病院の中だからか、いつもの帽子は被っておらず、長い髪を真っ直ぐに垂らしている。
更に妙さんに促されるようにしてようやく観念したのか、緑はおずおずと病室へと入って来た。
精密検査が終わったばかりだから、着ているのは自分と同じ病院着だろうと思っていたが、違った。いつも見かけていた、あの普段の格好でもない。
若草色のワンピース……いや、これはもうドレスと呼ぶ方が合っているだろう。胸元に涼し気なレースをあしらった、ノースリーブの夏物のドレス。
やはり凝った装飾の似合う碧ちゃんとは違い、緑にはこういうシンプルな物の方が良く似合っていた。
病院着ではないということは、もう精密検査の結果、問題ないということになったのだろう。ようやく全て終わった気がして、ほっと胸を撫で下ろした。
その緑に続いて……というよりは足が進まない様子の緑を追い立てるように、妙さんが入って来た。緑は老女の隣に並び、妙さんはその背後に控える。
「緑の曾祖母の、小岩井桜子と申します。まずはお詫びを。うちの緑のせいで怪我をさせてしまいましたこと、本当に申し訳ございませんでした」
そう言って深々と頭を下げた。それに合わせて背後で妙さんも頭を下げる。
それから一拍遅れて緑も頭を下げた。多分、この段取りを聞いていなかったのだろう。恐らく、妙さんも聞いていて合わせているのではないのだろうけれど。
「それから、緑を助けてくださってありがとうございました。おかげで、この年で曾孫まで先に見送るなどということにならずに済みました」
まで、という言い方に引っ掛かりを感じたけれど、口には出さなかった。親でも祖父母ですらなく曾祖母がここにいる。つまりそういう事なのだろうと。
それよりも、曾祖母と名乗られたことに驚いていた。緑と碧ちゃんならまだしも、二十歳になった千恵理の曾祖母と言われても、とてもそんな年齢には見えない。
いや、結婚も出産も二十歳前には出来るのだから、代々若いうちに子供を作っていればそうおかしなことではないのだけれど。
やはりお金持ち……名家というのは早婚なのだろうか。
こうして並んでいるのを見ると、桜子さんも緑も正装と言って良い姿だった。妙さんはいつものメイド服姿だったけれど、これは逆に使用人を従えて来ているのだという事自体が、これが正式な謝礼の場だということを示しているのだろう。その使用人として連れて来たのがこちらと顔見知りの妙さんだというのは、こちらに気を使った結果なのだと思う。
となると、自分が個室、それも一番良いだろう部屋に入れられた理由もわかる。いわば正式な謝礼をする場として、桜子さんがこの部屋を借りたのだ。
もちろん自分としてはそんなことまでして貰う必要はないのだけれど、きちんとした礼をしたい、という気持ちはわかる。
だから、黙ってその気持ちを受け取ることにした。
どうせ直に精密検査の結果が出て退院という事になるだろうし、なによりも今から他の病室に移ったとしてもこの部屋の使用料がなくなるわけではないから、逆に無駄に病室の使用料を払うだけになってしまうのだから。
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プロフィール
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- 未田 尚(まだ なお)
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- にゃー
- お仕事募集ちう。
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