碧ちゃんの話
5
その千恵理の姿をよくよく見て見れば、夏の薄手のシャツが汗で張り付いて、その下の水着らしい線が割とはっきりと透けている。
多分、プロレスの練習中に連絡を受けて、着替える間も惜しんで周りの目も気にせずに飛んで来てくれたのだろう。
こんな何でもない怪我に申し訳ない半分、そこまで心配してくれたことが嬉しかった。
「とりあえず座りなさい」
緑とじゃれている千恵理を桜子さんが促し、妙さんが緑の隣に椅子を用意する。
「では、話の続きをしようかね」
仕切り直し、ということなのだろう。桜子さんが一度曾孫たちに視線を巡らせてから続けた。
「先ず、治療費はこちらで全額出させて貰います。必要で最高の治療をするようにと、病院にも話してありますので。この病院以外での治療を受ける時は連絡を貰えれば」
最高の治療、と言ってもギプスで固められた今は、もうこれを外す時と定期検査くらいしかすることはないだろう。
とりあえず頷く。
「建設会社からも同様の申し出がありましたが、勝手ですがこちらで断らせていただきました。あちらも安全の為に立ち入り禁止にしていた場所に、緑に不法侵入されて勝手に事故に遭われたわけですから」
結果的に、それに加担してしまった身としては耳が痛い。
だから、それについても文句はなかった。建設会社は、この件に関してはいわば被害者だ。その被害者に更に金を払わせようというのは当たり屋でしかない。
「建設会社から搾り取れなくしてしまったのは申し訳ないけれど、その分はこちらが払いますから」
同じことを考えていたのだろう、桜子さんはそう言って冗談めかして笑った。
それにしても、もう建設会社との話し合いは終わっていたのか。治療と精密検査で時間が経っているとはいえ、まだ今日の内だ。
見た目通りきっちりとした有能な人らしい。
「まぁこういう結果になったのは偶然で、何の罪もない作業員が被害に遭った可能性は十分にありますからね。そこのところはきっちりと言っておきましたが」
その表情から、そのきっちりというのが世間一般で言うところのそれではないのは何となくわかった。自身も社長だと聞いているから、その辺りをいい加減に見過ごす事は出来ないのだろう。
「後で挨拶にだけは来るらしいですから、面倒でしょうけれど受けてあげてくださいな」
わざわざ来て貰うのも申し訳ないと思うが、向こうもそれすら無しというわけにはいかないというのもわかる。
「わかりました」
だから普通に頷いた。
「それから、治療期間に発生する損失の補填の話を」
「あ、いえ。ただの学生なので、怪我をしたからといって損失があるわけではないですから……」
「怪我のせいでやりたい事が出来ない、日常生活に余計な時間が掛かって自由な時間が減る。それも充分な機会損失ですよ」
そう言われても、本当にそれで何か損をするという事もない。両手が使えない事による面倒は確かにあるけれど、前回の時に大抵の事は左手で出来るようにしてあるから、然程不自由といこともない。
「とはいえ、その辺りの計算を正確にすることも出来ないでしょうし、それをしろなどという面倒を押し付けるのも本末転倒ですからね」
桜子さんの目配せを受けて、妙さんが封筒を取り出した。何の変哲もない、普通の茶封筒。
「慰謝料と、何よりも緑を助けていただいた礼とを含めて、これでどうでしょう」
差し出された封筒を一瞥する。特に膨らんでいる様子もなく、恐らく入っているのは紙が一枚か、精々数枚だろう。
これが遊園地のチケットか何かならば良いのに、と少しだけ思った。
「治療費については有難く」
緑に掛かる筈だった治療費が、助けた自分に掛かることになったのだ。それを払おうというのは自然な事だし、それすら断ってしまっては桜子さんとしても立つ瀬がないというのはわかる。
「ですが、これは受け取れません」
でも差し出された封筒には手を出さずに、そう首を振った。
多分、プロレスの練習中に連絡を受けて、着替える間も惜しんで周りの目も気にせずに飛んで来てくれたのだろう。
こんな何でもない怪我に申し訳ない半分、そこまで心配してくれたことが嬉しかった。
「とりあえず座りなさい」
緑とじゃれている千恵理を桜子さんが促し、妙さんが緑の隣に椅子を用意する。
「では、話の続きをしようかね」
仕切り直し、ということなのだろう。桜子さんが一度曾孫たちに視線を巡らせてから続けた。
「先ず、治療費はこちらで全額出させて貰います。必要で最高の治療をするようにと、病院にも話してありますので。この病院以外での治療を受ける時は連絡を貰えれば」
最高の治療、と言ってもギプスで固められた今は、もうこれを外す時と定期検査くらいしかすることはないだろう。
とりあえず頷く。
「建設会社からも同様の申し出がありましたが、勝手ですがこちらで断らせていただきました。あちらも安全の為に立ち入り禁止にしていた場所に、緑に不法侵入されて勝手に事故に遭われたわけですから」
結果的に、それに加担してしまった身としては耳が痛い。
だから、それについても文句はなかった。建設会社は、この件に関してはいわば被害者だ。その被害者に更に金を払わせようというのは当たり屋でしかない。
「建設会社から搾り取れなくしてしまったのは申し訳ないけれど、その分はこちらが払いますから」
同じことを考えていたのだろう、桜子さんはそう言って冗談めかして笑った。
それにしても、もう建設会社との話し合いは終わっていたのか。治療と精密検査で時間が経っているとはいえ、まだ今日の内だ。
見た目通りきっちりとした有能な人らしい。
「まぁこういう結果になったのは偶然で、何の罪もない作業員が被害に遭った可能性は十分にありますからね。そこのところはきっちりと言っておきましたが」
その表情から、そのきっちりというのが世間一般で言うところのそれではないのは何となくわかった。自身も社長だと聞いているから、その辺りをいい加減に見過ごす事は出来ないのだろう。
「後で挨拶にだけは来るらしいですから、面倒でしょうけれど受けてあげてくださいな」
わざわざ来て貰うのも申し訳ないと思うが、向こうもそれすら無しというわけにはいかないというのもわかる。
「わかりました」
だから普通に頷いた。
「それから、治療期間に発生する損失の補填の話を」
「あ、いえ。ただの学生なので、怪我をしたからといって損失があるわけではないですから……」
「怪我のせいでやりたい事が出来ない、日常生活に余計な時間が掛かって自由な時間が減る。それも充分な機会損失ですよ」
そう言われても、本当にそれで何か損をするという事もない。両手が使えない事による面倒は確かにあるけれど、前回の時に大抵の事は左手で出来るようにしてあるから、然程不自由といこともない。
「とはいえ、その辺りの計算を正確にすることも出来ないでしょうし、それをしろなどという面倒を押し付けるのも本末転倒ですからね」
桜子さんの目配せを受けて、妙さんが封筒を取り出した。何の変哲もない、普通の茶封筒。
「慰謝料と、何よりも緑を助けていただいた礼とを含めて、これでどうでしょう」
差し出された封筒を一瞥する。特に膨らんでいる様子もなく、恐らく入っているのは紙が一枚か、精々数枚だろう。
これが遊園地のチケットか何かならば良いのに、と少しだけ思った。
「治療費については有難く」
緑に掛かる筈だった治療費が、助けた自分に掛かることになったのだ。それを払おうというのは自然な事だし、それすら断ってしまっては桜子さんとしても立つ瀬がないというのはわかる。
「ですが、これは受け取れません」
でも差し出された封筒には手を出さずに、そう首を振った。
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プロフィール
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- 未田 尚(まだ なお)
- 通称
- にゃー
- お仕事募集ちう。
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