碧ちゃんの話
8
それから、千恵理と緑の方へと向きなおる。
「そういうわけだから、あんた達、先に行ってどこの店にするかは二人で好きに決めておきな。あたしはまだ手続きがあるし、兄さんの検査の結果を聞かなきゃいけないからね」
桜子さんにそう言われた千恵理が、こちらへと視線を向けた。
「いえ、私も結果が出るまで待っています。……心配だし」
「元々俺のせいだからさ、結果を聞かないと安心できないし」
千恵理と緑が口を揃えてそう言った。
検査結果は食事を断る口実でしかなかったのだけれど、それで逆に気を使わせてしまっただろうか。
「検査は一応、くらいの物で何もないのはわかってるから、気にしなくても大丈夫だよ。もし万一何かある場合には連絡するから、遠慮しないで行って来て」
「ほら、兄さんもあんた達みたいなうるさいのがいると落ち着けないって言ってるだろう?」
いや、そうは言っていない。けれどそれを否定して、じゃあと残られても困る。それに関しては黙った。
「ああ……」
千恵理と緑は納得した声を上げて、お互いを見合った。どうやら二人とも、自分の事だとは思っていないらしい。
「そうだよね。疲れてるだろうし、麻酔が切れたら痛みを我慢しなきゃいけないし……」
「俺たちがいたら邪魔だって言うんなら……」
そう言って腰を浮かせつつも、二人は立ち去り辛そうにチラチラとこちらを窺っていた。
「ほら、とっとと行きな。これ以上兄さんを疲れさせて、恩を仇で返すつもりかい?」
桜子さんにそう急かされて、二人は仕方ないというように立ち上がった。
「じゃあ、後でお酒持って様子を見に行くから」
千恵理がそう言って手を振る。そう言えば、こうなる前に今日は千恵理が来るだろうなと思っていたことを思い出した。
「ありがとう。でもしばらくお酒は飲めないから」
そう答えて右腕に視線を向けてみせる。
「あ、そっか。じゃあ食べ物とか、何か持ってくから」
そう言い直す千恵理の脇から、割り込むようにして緑が顔を出した。
「おにぃさん、今日は本当にありがとう。おにぃさんが助けてくれなかったら、間違いなく俺、死んでたよ」
「お礼ならもうして貰ったから気にしなくていいよ」
右腕一本という、比較にならない程に安い代償で緑の命を助ける事が出来たのだ。それも失われたわけですらなく、一ヶ月もすればまた元通り使えるようになる。実質的に無料だ。
自分は損などしていないし、その上で今のこのいい気分を……こういう言い方は何だが、買うことが出来たのだ。
自分は得しかしていない。あまり感謝などされてしまっては、申し訳なくなってしまう。
「うん、でもありがとう」
そう言って含羞む表情を見れば、本当に助けられて良かったと自分の頬も緩んでいた。
それから緑はこちらの耳元に口を寄せて囁いた。
「碧ってさ、婆ぁのああいうとこにそっくりだろ? 普段は千恵理もいないから、俺があれを二人掛りでやられてるんだぜ。大変だと思わね?」
耳に息が掛かってくすぐったい。
「陰口は聞こえないように言いな」
桜子さんのその言葉に、緑は見えないようにべぇと舌を出した。
「じゃあおにぃさん、本当にありがとう。またな!」
何度目かわからない礼を言うと、緑は千恵理と二人並んで手を振りながら病室を出て行った。
それに手を振り返して見送る。有難いけれど、桜子さんが言う様に確かに姦しい。
その背中が見えなくなってから、桜子さんは妙さんへと視線を向けた。
「妙。銀行には『名義は千恵理』とだけ言えばわかるようにしてある。その後は、すまないが子守りを頼むよ」
かしこまりました、と桜子さんに頭を下げた後、妙さんはこちらにもう一度頭を下げて病室を後にした。
「……あの子は碧のメイドなのに、家のメイド頭みたいなことまでさせて申し訳ないとは思っているのですけれどね」
今日は自分の為に顔見知りの妙さんを連れて来たのかと思っていたけれど、そればかりでもないらしい。
これ程の人からも信用されている。妙さんは、碧ちゃんの為に本当に頑張っているんだな、と何だか胸が暖かくなった。
「梢はまだまだですし、新しく雇おうにも、家のような女所帯に新しい人間を入れるのに一番重要なのは信用って物ですからね」
女所帯ということを差し引いても、恐らく高価な物や会社関係の物など、人目に触れさせない方が良い物が山ほどあるのだろう。
コネは悪い意味に思われがちだが、元々は『この人は信用できる人です、何かあれば自分が責任を持ちます』という保証なのだ。
「そういうわけだから、あんた達、先に行ってどこの店にするかは二人で好きに決めておきな。あたしはまだ手続きがあるし、兄さんの検査の結果を聞かなきゃいけないからね」
桜子さんにそう言われた千恵理が、こちらへと視線を向けた。
「いえ、私も結果が出るまで待っています。……心配だし」
「元々俺のせいだからさ、結果を聞かないと安心できないし」
千恵理と緑が口を揃えてそう言った。
検査結果は食事を断る口実でしかなかったのだけれど、それで逆に気を使わせてしまっただろうか。
「検査は一応、くらいの物で何もないのはわかってるから、気にしなくても大丈夫だよ。もし万一何かある場合には連絡するから、遠慮しないで行って来て」
「ほら、兄さんもあんた達みたいなうるさいのがいると落ち着けないって言ってるだろう?」
いや、そうは言っていない。けれどそれを否定して、じゃあと残られても困る。それに関しては黙った。
「ああ……」
千恵理と緑は納得した声を上げて、お互いを見合った。どうやら二人とも、自分の事だとは思っていないらしい。
「そうだよね。疲れてるだろうし、麻酔が切れたら痛みを我慢しなきゃいけないし……」
「俺たちがいたら邪魔だって言うんなら……」
そう言って腰を浮かせつつも、二人は立ち去り辛そうにチラチラとこちらを窺っていた。
「ほら、とっとと行きな。これ以上兄さんを疲れさせて、恩を仇で返すつもりかい?」
桜子さんにそう急かされて、二人は仕方ないというように立ち上がった。
「じゃあ、後でお酒持って様子を見に行くから」
千恵理がそう言って手を振る。そう言えば、こうなる前に今日は千恵理が来るだろうなと思っていたことを思い出した。
「ありがとう。でもしばらくお酒は飲めないから」
そう答えて右腕に視線を向けてみせる。
「あ、そっか。じゃあ食べ物とか、何か持ってくから」
そう言い直す千恵理の脇から、割り込むようにして緑が顔を出した。
「おにぃさん、今日は本当にありがとう。おにぃさんが助けてくれなかったら、間違いなく俺、死んでたよ」
「お礼ならもうして貰ったから気にしなくていいよ」
右腕一本という、比較にならない程に安い代償で緑の命を助ける事が出来たのだ。それも失われたわけですらなく、一ヶ月もすればまた元通り使えるようになる。実質的に無料だ。
自分は損などしていないし、その上で今のこのいい気分を……こういう言い方は何だが、買うことが出来たのだ。
自分は得しかしていない。あまり感謝などされてしまっては、申し訳なくなってしまう。
「うん、でもありがとう」
そう言って含羞む表情を見れば、本当に助けられて良かったと自分の頬も緩んでいた。
それから緑はこちらの耳元に口を寄せて囁いた。
「碧ってさ、婆ぁのああいうとこにそっくりだろ? 普段は千恵理もいないから、俺があれを二人掛りでやられてるんだぜ。大変だと思わね?」
耳に息が掛かってくすぐったい。
「陰口は聞こえないように言いな」
桜子さんのその言葉に、緑は見えないようにべぇと舌を出した。
「じゃあおにぃさん、本当にありがとう。またな!」
何度目かわからない礼を言うと、緑は千恵理と二人並んで手を振りながら病室を出て行った。
それに手を振り返して見送る。有難いけれど、桜子さんが言う様に確かに姦しい。
その背中が見えなくなってから、桜子さんは妙さんへと視線を向けた。
「妙。銀行には『名義は千恵理』とだけ言えばわかるようにしてある。その後は、すまないが子守りを頼むよ」
かしこまりました、と桜子さんに頭を下げた後、妙さんはこちらにもう一度頭を下げて病室を後にした。
「……あの子は碧のメイドなのに、家のメイド頭みたいなことまでさせて申し訳ないとは思っているのですけれどね」
今日は自分の為に顔見知りの妙さんを連れて来たのかと思っていたけれど、そればかりでもないらしい。
これ程の人からも信用されている。妙さんは、碧ちゃんの為に本当に頑張っているんだな、と何だか胸が暖かくなった。
「梢はまだまだですし、新しく雇おうにも、家のような女所帯に新しい人間を入れるのに一番重要なのは信用って物ですからね」
女所帯ということを差し引いても、恐らく高価な物や会社関係の物など、人目に触れさせない方が良い物が山ほどあるのだろう。
コネは悪い意味に思われがちだが、元々は『この人は信用できる人です、何かあれば自分が責任を持ちます』という保証なのだ。
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プロフィール
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- 未田 尚(まだ なお)
- 通称
- にゃー
- お仕事募集ちう。
- 文章を書く関係ならなんでも。
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