碧ちゃんの話
9
「怪我人相手に騒がしくしてしまってすみませんでしたね」
三人の去って行ったドアの方を見ていた桜子さんが、こちらへと向き直りながらそう言った。
「いえ。気が紛れるので有難かったです。……随分と、可愛がっているんですね」
一見厳しいだけのように見えて、その陰に愛情が隠れている態度。
「曾孫が可愛くない婆なんていませんよ」
桜子さんはそう言って、恐らく本人たちには敢えて見せないようしているのだろう表情で笑った。
それに笑い返してから、一呼吸置いて、
「……知っていたんですね」
そう聞いた。桜子さんは千恵理に向かってお邪魔する時には、と言い、当たり前のように小切手を渡した。
どう考えても千恵理が家に出入りしている事を、事前に知っている行動だった。
「曾孫が可愛くない婆なんていませんよ」
桜子さんはそう言って、また笑う。
どういう方法でかはわからないけれど、直接ではないにしても今までずっと千恵理を見守っていたのだろう。
久しぶりに会った筈の曾孫に対して心配する素振りを見せなかったのも、確認せずとも知っていたからなのだと思う。
「良いんですか?」
自分は特に気にしていないけれど、普通なら年頃の……それも家出した娘が男の家に出入りしているなど、放って置けることではない筈だ。力尽くで連れ戻すなり、少なくとも説得くらいはするものだろう。
「家出という形とは言え、あの子は家を出て独り立ちしました。成人も迎えております。であるならば、自分の行動は自分で決めて、その結果がどうあろうと自分で受け止めて、その責任は自分で背負う物でしょう。例えそれで傷を負ったとしても、そうやって経験を積んで成長していくものです。犯罪でもない限り、あの子が自分の判断ですることを止めるのはあの子の為になりません」
やはり、桜子さんは見た目通りに酸いも甘いもかみ分けて生きて来たのだろう。深い愛情を根底にしながらも、その方針はやはりスパルタだった。
「とはいえ、あの子を泣かせるような輩はそれ相応の目にあっていただきますけれどね」
そう言って、無邪気とも言える表情で笑った。
目だけが笑っていない。
「……今日、思いがけず緑が迷惑をかけてしまいましたが、千恵理は迷惑をお掛けしてはいないでしょうか」
変わって、それとはわからない程度に不安の色を滲ませて、桜子さんはそう聞いた。
「他人に気を遣う事が出来る、良い子ですよ」
自分のような、人間関係など窓から投げ捨てているような社会不適合者にも不快を感じさせないのに、自分も無理をしているわけではないというあのバランス感覚は、凄い物だと思う。
「自由と自分勝手は違いますからね。そこはしっかりと」
そう言って、曾孫を褒められた桜子さんが自分の事以上に嬉しそうに笑った。
成程。千恵理のあの人間関係を図る技術はあの年で身に付くものではないと思っていたけれど、この年の……と言ってしまっては失礼だけれど、桜子さんに教え込まれた物だとすれば納得がいく。
……年齢差を考えれば当然だけれど、碧ちゃんが後継者に決まるまでは本当に英才教育を受けていたのだな、と何となく思った。
本当に、大切に育てていたのだろう。最後に色々と言っていたのも、多分久しぶりに会った曾孫と一緒に食事をしたかっただけなのだと思う。
「それで……あんなものを渡して、悪用されたらどうするつもりだったんですか?」
千恵理のあの態度、そしてそれに桜子さんが記入をした事と合わせて考えれば、あの小切手は無記入だったのだろう。
金額を書き込むのは受け取った側。つまり幾らにするのも受け取った側の自由。比喩でもなんでもなく、言い値で払うということなのだ。
「曾孫の命に糸目をつけるつもりはありませんから」
そういう人なのだ、という事はこの短い間でもわかった。
だとしても、これはやり過ぎだと思う。
「それに、こう見えても人を見る目には自信がありますからね。学も経験もないで今までこうしてやってこられたのは、人との関係を大切にしてきたからですよ。当然、目の前の相手との交渉に、何を見せるのが一番いいのかくらいはわかりますとも」
つまり、実際に会って人物を見極めて、それから何を出すかを決めたという事なのだろう。少なくともこの相手ならば、現実的な数字しか書かないだろう、むしろ無記入の小切手なんて物を見せられれば、欲よりも自制の方が前面に出るし、その方が誠意が伝わるだろう……と判断した、ということだと思う。
そして、それをこうして説明してしまっていることも、その内なのだろう。普通ならばこんなことを聞かされれば怒るところだと思う。けれど、この相手には敢えて本心を説明してしまった方が良い。そこまで見越されている。
実際怒りなどは無く、むしろそこまでわかること、そしてわかったとしてもそれを実行してしまえることに、純粋に感心していた。
三人の去って行ったドアの方を見ていた桜子さんが、こちらへと向き直りながらそう言った。
「いえ。気が紛れるので有難かったです。……随分と、可愛がっているんですね」
一見厳しいだけのように見えて、その陰に愛情が隠れている態度。
「曾孫が可愛くない婆なんていませんよ」
桜子さんはそう言って、恐らく本人たちには敢えて見せないようしているのだろう表情で笑った。
それに笑い返してから、一呼吸置いて、
「……知っていたんですね」
そう聞いた。桜子さんは千恵理に向かってお邪魔する時には、と言い、当たり前のように小切手を渡した。
どう考えても千恵理が家に出入りしている事を、事前に知っている行動だった。
「曾孫が可愛くない婆なんていませんよ」
桜子さんはそう言って、また笑う。
どういう方法でかはわからないけれど、直接ではないにしても今までずっと千恵理を見守っていたのだろう。
久しぶりに会った筈の曾孫に対して心配する素振りを見せなかったのも、確認せずとも知っていたからなのだと思う。
「良いんですか?」
自分は特に気にしていないけれど、普通なら年頃の……それも家出した娘が男の家に出入りしているなど、放って置けることではない筈だ。力尽くで連れ戻すなり、少なくとも説得くらいはするものだろう。
「家出という形とは言え、あの子は家を出て独り立ちしました。成人も迎えております。であるならば、自分の行動は自分で決めて、その結果がどうあろうと自分で受け止めて、その責任は自分で背負う物でしょう。例えそれで傷を負ったとしても、そうやって経験を積んで成長していくものです。犯罪でもない限り、あの子が自分の判断ですることを止めるのはあの子の為になりません」
やはり、桜子さんは見た目通りに酸いも甘いもかみ分けて生きて来たのだろう。深い愛情を根底にしながらも、その方針はやはりスパルタだった。
「とはいえ、あの子を泣かせるような輩はそれ相応の目にあっていただきますけれどね」
そう言って、無邪気とも言える表情で笑った。
目だけが笑っていない。
「……今日、思いがけず緑が迷惑をかけてしまいましたが、千恵理は迷惑をお掛けしてはいないでしょうか」
変わって、それとはわからない程度に不安の色を滲ませて、桜子さんはそう聞いた。
「他人に気を遣う事が出来る、良い子ですよ」
自分のような、人間関係など窓から投げ捨てているような社会不適合者にも不快を感じさせないのに、自分も無理をしているわけではないというあのバランス感覚は、凄い物だと思う。
「自由と自分勝手は違いますからね。そこはしっかりと」
そう言って、曾孫を褒められた桜子さんが自分の事以上に嬉しそうに笑った。
成程。千恵理のあの人間関係を図る技術はあの年で身に付くものではないと思っていたけれど、この年の……と言ってしまっては失礼だけれど、桜子さんに教え込まれた物だとすれば納得がいく。
……年齢差を考えれば当然だけれど、碧ちゃんが後継者に決まるまでは本当に英才教育を受けていたのだな、と何となく思った。
本当に、大切に育てていたのだろう。最後に色々と言っていたのも、多分久しぶりに会った曾孫と一緒に食事をしたかっただけなのだと思う。
「それで……あんなものを渡して、悪用されたらどうするつもりだったんですか?」
千恵理のあの態度、そしてそれに桜子さんが記入をした事と合わせて考えれば、あの小切手は無記入だったのだろう。
金額を書き込むのは受け取った側。つまり幾らにするのも受け取った側の自由。比喩でもなんでもなく、言い値で払うということなのだ。
「曾孫の命に糸目をつけるつもりはありませんから」
そういう人なのだ、という事はこの短い間でもわかった。
だとしても、これはやり過ぎだと思う。
「それに、こう見えても人を見る目には自信がありますからね。学も経験もないで今までこうしてやってこられたのは、人との関係を大切にしてきたからですよ。当然、目の前の相手との交渉に、何を見せるのが一番いいのかくらいはわかりますとも」
つまり、実際に会って人物を見極めて、それから何を出すかを決めたという事なのだろう。少なくともこの相手ならば、現実的な数字しか書かないだろう、むしろ無記入の小切手なんて物を見せられれば、欲よりも自制の方が前面に出るし、その方が誠意が伝わるだろう……と判断した、ということだと思う。
そして、それをこうして説明してしまっていることも、その内なのだろう。普通ならばこんなことを聞かされれば怒るところだと思う。けれど、この相手には敢えて本心を説明してしまった方が良い。そこまで見越されている。
実際怒りなどは無く、むしろそこまでわかること、そしてわかったとしてもそれを実行してしまえることに、純粋に感心していた。
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プロフィール
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- 未田 尚(まだ なお)
- 通称
- にゃー
- お仕事募集ちう。
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