碧ちゃんの話
5
「というわけでさ、おにぃさんお腹空いてる? お昼はまだだよね」
時間は十一時を少し過ぎたくらいで、昼食の時間にはまだ間がある。食べてしまわないくらいの時間を見計らって来たのだろう。
「うん、まだ食べてないよ」
元々、昼食はいつも食べていないのだ。勿論今日だけ食べているという事もない。
「じゃさ、ちゃちゃっとやっちゃうから待っててよ。どうせ温めて盛り付けるだけだし。あ、台所借りるよ」
そう一言断ってから、緑は台所へと戻って行った。収納など殆どない狭いところで、普段使う様な物は目に付くところに並べてある。どうせ鍋と皿くらいしか使わないだろうし、説明などしなくても困る事はないだろう。
鍋を取り出して水を入れる緑の後ろ姿をぼうっと眺める。
緑は何やら上機嫌そうに鼻歌など歌いながら、ワンピースの裾をゆらゆらと揺らしていた。
背中越しで何をしているのかはよくわからないけれど、特に滞る事もなく手際良く進めていく様子は安心して見ていられる。
これに関しては、歯を磨くのと水を飲む以外では台所に立ったことのない千恵理よりもずっと頼りになるかもしれない。
「おにぃさん、辛口と中辛ってどっちがいい?」
そう言って、緑は両手に持ったレトルトのカレーの袋をこちらに示して見せた。
有名なホテルのロゴの入った袋。自分が普段、安売り店で買おうかどうか悩んで結局買わないワンコインでおつりが来る物よりも、もう一つ上のワンコインの物だろう。
勿論、それでもデリバリーなどよりも十分安上がりなのだろうけれど。
「辛口で」
「おっけ。スパイスも持って来てあるから、足りなかったら自分で足してね」
そう言いながら、両手の袋を二つともまだ沸いていないままの鍋へと放り込む。もう一つは自分の分なのだろう。
「……どしたん?」
緑が小首を傾げながらそう聞いて来た。多分、相当に不審げな顔をしていたのだろう。
「いや、料理出来ないって言ってたのに、随分と気が回るなと思って」
本当ならただ温めるだけでも面倒だろうに、相手の好みにまで気を遣う事が出来るというのは凄い事だと思う。
「そんな大層なもんじゃねぇよ。料理とか関係なく、自分はこうして欲しいなってのをしてるだけ」
緑はそう言うけれど、照れたように笑う表情は褒められて嬉しそうだった。
「ああ、それからさ。ご飯って炊いてある? パックの持って来たんだけど、炊いてあるならそっちを食べて、後で食べられるように置いといた方が良いし」
そういうところにまで気が回るというのは、本当に才能があると思う。
「いや、炊いてないんだ」
昼食はまだ食べていないのだけれど、正確に言えば今日はまだ食べていない、だった。
特に食べたいわけではない上に、卵かけご飯ならまだしも片手で納豆をかき混ぜるのは大変だ。普段通りに食べるだけ食べようかと考えて、面倒臭くなってやめてしまったのだ。
当然、米だけ炊いているというわけもない。
「ああやっぱり? じゃあパックのあっためるけど、ひとつじゃ足んないよね。二つでいい? 三つ?」
「じゃあ、ふたつで」
本当は食べなくてもいいくらいだし、逆に本気で食べるのならば三合くらいがちょうどいいのだけれど、こう聞かれてひとつでいいというのも申し訳ないし、お腹いっぱいになる程食べるという時でもない。
「おっけ」
そう答えて電子レンジを開けて、パックのご飯を中に入れてなにやら操作をした。
「でもさ、おにぃさんはどうやって俺と碧を見分けてんの? 自分で鏡を見てもわかんねぇのに」
やる事は一通り終わって、レンジが止まってお湯が沸くまで手持ち無沙汰になったのだろう。緑が振り返ってそう聞いて来た。
「どう、と言われてもな」
見ればわかるとしか答えようがない。
机と椅子の違いは見ればわかるけれど、それを言葉で説明しろと言われれば難しいのと似ている。大きさや高さや形状をパターンに分けて細かく説明するくらいしか出来ないけれど、それだって用途や使う姿勢で千差万別で、到底全てを説明することなど出来ない。座卓の長机と、背もたれのないベンチの違いをどう説明すればいいのか。
時間は十一時を少し過ぎたくらいで、昼食の時間にはまだ間がある。食べてしまわないくらいの時間を見計らって来たのだろう。
「うん、まだ食べてないよ」
元々、昼食はいつも食べていないのだ。勿論今日だけ食べているという事もない。
「じゃさ、ちゃちゃっとやっちゃうから待っててよ。どうせ温めて盛り付けるだけだし。あ、台所借りるよ」
そう一言断ってから、緑は台所へと戻って行った。収納など殆どない狭いところで、普段使う様な物は目に付くところに並べてある。どうせ鍋と皿くらいしか使わないだろうし、説明などしなくても困る事はないだろう。
鍋を取り出して水を入れる緑の後ろ姿をぼうっと眺める。
緑は何やら上機嫌そうに鼻歌など歌いながら、ワンピースの裾をゆらゆらと揺らしていた。
背中越しで何をしているのかはよくわからないけれど、特に滞る事もなく手際良く進めていく様子は安心して見ていられる。
これに関しては、歯を磨くのと水を飲む以外では台所に立ったことのない千恵理よりもずっと頼りになるかもしれない。
「おにぃさん、辛口と中辛ってどっちがいい?」
そう言って、緑は両手に持ったレトルトのカレーの袋をこちらに示して見せた。
有名なホテルのロゴの入った袋。自分が普段、安売り店で買おうかどうか悩んで結局買わないワンコインでおつりが来る物よりも、もう一つ上のワンコインの物だろう。
勿論、それでもデリバリーなどよりも十分安上がりなのだろうけれど。
「辛口で」
「おっけ。スパイスも持って来てあるから、足りなかったら自分で足してね」
そう言いながら、両手の袋を二つともまだ沸いていないままの鍋へと放り込む。もう一つは自分の分なのだろう。
「……どしたん?」
緑が小首を傾げながらそう聞いて来た。多分、相当に不審げな顔をしていたのだろう。
「いや、料理出来ないって言ってたのに、随分と気が回るなと思って」
本当ならただ温めるだけでも面倒だろうに、相手の好みにまで気を遣う事が出来るというのは凄い事だと思う。
「そんな大層なもんじゃねぇよ。料理とか関係なく、自分はこうして欲しいなってのをしてるだけ」
緑はそう言うけれど、照れたように笑う表情は褒められて嬉しそうだった。
「ああ、それからさ。ご飯って炊いてある? パックの持って来たんだけど、炊いてあるならそっちを食べて、後で食べられるように置いといた方が良いし」
そういうところにまで気が回るというのは、本当に才能があると思う。
「いや、炊いてないんだ」
昼食はまだ食べていないのだけれど、正確に言えば今日はまだ食べていない、だった。
特に食べたいわけではない上に、卵かけご飯ならまだしも片手で納豆をかき混ぜるのは大変だ。普段通りに食べるだけ食べようかと考えて、面倒臭くなってやめてしまったのだ。
当然、米だけ炊いているというわけもない。
「ああやっぱり? じゃあパックのあっためるけど、ひとつじゃ足んないよね。二つでいい? 三つ?」
「じゃあ、ふたつで」
本当は食べなくてもいいくらいだし、逆に本気で食べるのならば三合くらいがちょうどいいのだけれど、こう聞かれてひとつでいいというのも申し訳ないし、お腹いっぱいになる程食べるという時でもない。
「おっけ」
そう答えて電子レンジを開けて、パックのご飯を中に入れてなにやら操作をした。
「でもさ、おにぃさんはどうやって俺と碧を見分けてんの? 自分で鏡を見てもわかんねぇのに」
やる事は一通り終わって、レンジが止まってお湯が沸くまで手持ち無沙汰になったのだろう。緑が振り返ってそう聞いて来た。
「どう、と言われてもな」
見ればわかるとしか答えようがない。
机と椅子の違いは見ればわかるけれど、それを言葉で説明しろと言われれば難しいのと似ている。大きさや高さや形状をパターンに分けて細かく説明するくらいしか出来ないけれど、それだって用途や使う姿勢で千差万別で、到底全てを説明することなど出来ない。座卓の長机と、背もたれのないベンチの違いをどう説明すればいいのか。
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プロフィール
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- 未田 尚(まだ なお)
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- にゃー
- お仕事募集ちう。
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