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碧ちゃんの話


6

「緑は、碧ちゃんと間違われるのは嫌なんじゃないの?」
 碧ちゃんと同じ顔をしているという事に複雑な思いを持っている事はわかっている。多分、それは嫌寄りの感情だという事も。
 だから、見分けられる事に納得がいかない様子の緑が少し意外だった。
「嫌だよ、勿論」
 なんとなく、くらいで聞いた質問に、緑は激しい勢いでそう答えた。
「……まぁ、嫌は嫌なんだけどさ」
 多分、自分でもはっきりとした形にはなっていない感情なのだろう。緑はそう言って口籠った。
「なんてーのかな、俺と碧は生まれた時から双子だったわけじゃん? それが当たり前で、だからこそ違うようになろうとしてたわけでさ。……まぁ碧は気にしてないんだろうけど」
 確かに、あの碧ちゃんならば、似ているとか似ていないとか、真似をされたとかは気にはしない気がする。
「でさ、双子が同じなのって結局は顔だからさ、見た目を変えるしかないじゃん? 他の双子だって服装を変えたり髪型を変えたり、見た目を変えて見分けて貰えるようにしてるわけで。でもさ、そうやって見分けがつくようにしても、いやそれで見分けられるようにしちまうからこそ、それを逆にすると途端に間違える。……それってさ、結局は俺達自身じゃなくて、見た目だけしか見てないんだなって、そう思っちまうわけさ」
 昨日、緑が碧ちゃんの服を着て来たのも、昨日に続いて今日も碧ちゃんのふりをして来たのも、恐らくは普段からそういうことを繰り返しているだろうことも、それ故なのだろう。
「それなのにだぜ? 話を聞いてちょっとからかってやろうって思っただけのおにぃさんがさ、それも俺のじゃなくて碧の関係のおにぃさんがさ、いきなり『いや見ればわかるよ』とか言われてもさ、納得がいかないって言うかさ」
 やはり、部外者でしかない自分になどわからない複雑な感情があるのだろう。
「えっと……ごめん」
 そんな複雑なところに、気付かずに、というか自分でもわけがわからずに土足で踏み込むようなことをしてしまった事を申し訳なく思って、そう呟いた。
「いや謝らないで。おにぃさんは悪くないから。むしろ嬉しいから。ってか俺が個人的になんか納得いかないって理不尽言ってるだけだからむしろ怒っていいから」
 自分が悪いとわかっているのに、謝られると逆にばつが悪いというのはわかる。
「うん、わかった」
 だから緑の意を汲んで、この話はもう終わりにしようとそう答えた。勿論、怒れと言われたからといって怒ったりはしないけれど。
 居心地の悪い沈黙が訪れる前に、レンジがチン、と音を立てた。
「おおっと、ご飯あったまったみたいだな」
 空気を誤魔化そうとするように、緑が殊更大きな声でそう言って、大袈裟な動きで電子レンジの蓋を開ける。その後を追う様に、鍋のお湯が沸騰する音と湯気が続いた。
 緑はまずレンジからご飯のパックを取り出し、次のパックを入れた。
 考えていなかったけれど、この電子レンジはご飯のパックが三つも入る程大きくはない。自分の分をふたつ、緑の分をひとつ温めるとなれば、どうしても二回に分けなければならないのは当たり前のことだった。
 ひとつにしておけば緑に二度手間を掛けさせずに済んだのに、と少し反省する。
 続いて緑は湯の沸いた鍋の前に移って、その様子を確認し始めた。
 ずらして乗せてあった蓋を開けて中を覗き込み、菜箸で中身を均すように押している。
 確かに、緑の言う通りだった。ただレトルトを湯煎しているだけだというのに、鍋を火にかけているというそれだけで、料理を……世話をして貰っているという気分になる。
 この台所に自分以外の誰かが立っているところを、離れたところから見るのが初めてだからという事もあるのだろうけれど。
「でも、やっぱ火を使うと余計にあっついね」
 こちらに振り返って額を拭いながら緑がそう呟いた。
 ただ火を使うというだけではなく、その熱を水蒸気として周囲に拡散させているのだ。より余計に熱くなっているというのは想像に難くない。
 続けてスカートの裾を掴んでバタバタと風を送り込んで、
「って、俺まだ女装したまんまじゃん!」
 吃驚したという様に叫んだ。
 緑は女の子なのだから女装というのは正しくないけれど、普段着慣れない服を着て恥ずかしいというのはわかる。
 緑は掴んでいたワンピースの裾をそのままガバっと持ち上げ、裏返すようにして脱ぎ去った。
 その下から見慣れた半ズボンと、見慣れない袖のないランニングシャツ姿が現れる。
 いや、ファッションには詳しくないからその呼び方が相応しいのかわからないけれど、袖が無くて、肩紐で胴体部分の布地を吊る服装。
 ワンピースがノースリーブだったから、袖が見えてしまわないように、普段のTシャツではなくその服にしたのだろう。
「はー、やっぱりこの方が落ち着くわ」
 適当な脱ぎ方をしたせいで、ずれたシャツの肩ひもを直しながら、緑は一息ついたという様に呟いた。
 緑はそう言うけれど、今まで着ている事に気付かなかったということは、今までの姿も緑に馴染んでいたという事だと思う。
「今の服も、似合ってたと思うけどね」
 だから、そう素直に思っていたことを言った。
「いやそれはもういいから。女装が似合っててもしょーがないから」
 緑は不服そうにそう言って、頬を膨らませた。
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未田 尚(まだ なお)
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