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碧ちゃんの話


12

 映画は、主人公の心情を現すような黒を基調とした暗い画面が、物語の展開と共に次第に白が多い明るい画面へと移り変わっていき、桜子さんの笑顔から満開の桜の白を映して終わった。
 面白かったか、と言われればその内容も相まって……いや桜子さんはこういう時代に生きて来たのかと思えばそれはそれで面白かったけれど、感心や感動はしても面白かったとは言えないと思う。
 ただ、画面全体から醸し出されている、桜子さんを映したい、桜子さんの魅力を表したいという目標……というよりは願望はこの上ない程に大成功を収めていた。
 総じて、見終わった後にとても爽快な気持ちにさせてくれる、名作と言って良い映画だったと思う。
 だからこそ、勿体ないと思う。これだけの女優であれば、こういった事に疎い自分でも知っていておかしくない。それを知らなかったという事は、ずっと昔に引退していたということの筈だ。
 昨日会った桜子さんは矍鑠として、齢を重ねたとはいえ女優が出来ないという程には見えなかった。
 勿論、この映画の当時のような若々しく爽やかな演技などは出来ないだろうけれど、だからこそ逆に年輪を重ねた重厚な演技が出来る筈だ。
 何よりも、その存在感は若い時とは比べ物にならない程に増している。
 多分、引退したのは家の都合、なのだろう。
「んじゃ、次は千恵理のやつ、いくぜー」
 映画の余韻が消えない内に、緑が急ぐように立ち上がってディスクを入れ替え始めた。
 その表情は、こちらに背中を向けているせいで見えない。
「時間無いから、千恵理のところまで早送りするな」
 そう言われて時計を見ると、部屋を出なければいけない時間まで三十分を切っている。
 他の選手も見て比較してみたかったのだけれど、それは後でにするしか無さそうだ。
 早送りで飛ぶように進んでいく映像を見るに、参加選手をダイジェストで紹介する内容らしい。
 画面に千恵理が映ったところで、緑は早送りを止めた。
 まず、リングコスチューム姿の千恵理のアップの姿が大写しになり、その背後に名前や身長などのデータが表示される。
 それを十分に読み込めるくらいの時間を開けた後、リングでの映像に切り替わった。
 千恵理ともう一人の選手が向かい合い、腕を伸ばして組み手を争っている。そこから一瞬の隙をついて千恵理が相手の腕を取り、それを自分の後ろに回して頭を相手の脇に入れて、後ろへと投げた。
「……背骨が折れそう」
「だよな」
 思わず漏れた独り言に、緑も苦笑い気味に頷く。
 早送りの間に見た他の選手のものと比べても明らかにブリッジの角度が深い。自分がこんなことをすれば、体を痛めるだけでは済まないだろう。
 けれど、それだけではない。
 マットに落ちる瞬間にただでさえ深いその角度を更に深くする……いわば相手の体を弧を描く軌跡の内側に引き込むことによって、軌道を真下へと垂直に落とす向きへと変えている。それは、ひらひら優雅に舞う桜の花びらが、風に煽られて不意に軌跡を変え勢いよく飛び去る姿に似ていた。
 弧を描く動きには遠心力が働くが、その動き故にマットに当たった時の衝撃は外側へと逃げ、その全てが本人に残る事はない。
 それを軌道を変えてマットに垂直に落とす事で、遠心力を全て相手への衝撃に変えている。
 理論としてはそういうものなのだとはわかるけれど、こうして見てみても、実際にそれが可能なのだとは少し信じられない。
 体は大丈夫なのかと、不安になる。
 画面は切り替わり、今度は違う相手が千恵理と向き合った。千恵理の身長は自分とほぼ同じ……先程のデータによると2cm低いだけだから、平均的成人男性くらいはある。
 相手の選手は、その千恵理よりも一回りは大きい。
 その相手を千恵理がロープへと振り、戻って来たところを正面から受け止め……いや、止めずにその勢いを受け流すように巨体を背後へと送り、背中から叩き落す。
 その動きは余りにも速過ぎて自然過ぎて、何処から技が始まったのかもわからない。
 どれだけの鍛錬を積めばこんなことが出来るようになるのだろう。
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