碧ちゃんの話
14
「婆と千恵理だけじゃない。碧もスゲェんだ。聖蘭はさ、……ああ、碧が通ってる学校の名前なんだけど、ただでさえレベルが高いのに、碧はその中でもいつもトップなんだ」
だろうな、と思う。
学問では、高等部生……それもあの負けず嫌いそうなお嬢様に勝つ程だというのだから、少し成績が良いくらいの同学年の子達では勝負にならないのは当然だろう。
「俺なんか成績ボロッボロなのにな。しかも、この年でもう婆の仕事の手伝いまでしてる。それも言われた事だけやるんじゃなくて、ちゃんと成果まで出してさ」
それから、緑はふっと寂しそうな表情で、
「凄くねーのは俺だけだ」
そう呟いた。
碧ちゃんに対して複雑な思いを抱えているのは知っていたけれど、それは碧ちゃんに限ったことではなかったらしい。
気持ちはわかる。いや、緑本人ではない自分などがわかると簡単に言ってしまって良いのかはわからないけれど、それでもこの二枚の映像と、今まで碧ちゃんについて耳にしたことを思い返せば、そういう気持ちになってしまうというのはわかる。
画面の中では、どうやら試合のダイジェストは終わったらしく、千恵理がマイクを向けられてインタビューを受けていた。
『新人王に対する意気込みを教えてください』
『私は新人王になりたいなんて欲が頭を過って勝てる程強くないので、一戦一戦を大切にして、最高の試合をしていくだけです。その結果として新人王になれるのであれば光栄ですけれど」
真面目な千恵理らしい答えだった。
「……婆達がさ、俺達が双子だってわかる前に名前を考えてたらしいんだ。男でも女でも大丈夫なように緑、って。でも双子だってわかって、上の方に決めてた名前を付けて、妹の方には新しい名前を考えたらしくってさ。当然だと思うよ。双子だってわかってないのに二人分考えるなんてことはないし、わかって必要になったから新しく考えた。当たり前だよ。でもさ、それって碧の方がおまけみたいじゃね? 実際には、おまけなのは俺の方なのにさ」
緑の言う通り、それは当然であり仕方のない事であって、どちらがおまけなんてことはない。
碧ちゃんは勿論、緑だって。
そんなことは緑本人が一番よくわかっている筈だ。だから今もこういう言い方をしたのだから。
けれど、理屈ではないのだろう。緑がそういうふうに感じてしまった。本来の事情や思惑は関係なく、ただそれだけが事実なのだ。
「緑も、充分すごいと思うけどね」
でも、自分からしてみれば凄いと思うのは緑も同じだった。
「どこがだよ」
緑が不貞腐れた様に答えた。
「恥ずかしい話だけど、こう見えて結構人見知りな方なんだ」
そうとしか見えねぇよ、と緑は少し笑った。
それに笑い返し、話を続ける。
「でも緑とはすぐに打ち解けられたし」
打ち解けたというか、緑がぐいぐい来るからなし崩しだったのだけれど。
でも、自分のように波風立てないようににこにこ笑って表面だけ取り繕っていると、話しやすい奴だと誤解されて馴れ馴れしくされることもよくある。それもすぐに誤解は解けて、騙されたという態度で離れて行ってくれるのだけれど。
しかし、緑はそういうのではない。
放って置いてはくれないけれど、こちらが不快にならない距離をきちんと保って接してきてくれる。
だから突き放すのも面倒だし、まぁいいか、と受け入れられる。
他人との付き合いなどしたいとも思っていない自分からすれば、それは自分が出来るなどとは想像も出来ない程にすごい事だった。
「そんなの、千恵理だって変わらないだろ。……まぁ、婆と碧はアレだけど」
確かに、千恵理も相手に不快に感じさせない距離を取るのは上手いと思う。でも。
「千恵理と違って、緑は自然にやってこうだろう? それって人付き合いの才能があるってことだから。その点では、千恵理よりも緑の方が凄いと思うよ」
千恵理のあれは努力して身に着けた技術だ。だから、自分が相手の時も、最初は手探りで距離を測っていたのに。
緑にはそんな感じはない。あくまで自然に、何も考えずにただ自分のやりたいようにやってそれが出来ている。
「緑は話しやすいし、話していて嫌な感じも、我慢しなきゃいけない感じもしない。それって、充分すごい事だと思うけどね」
「ああ、ありがと」
緑は褒められて嬉しそうではありながらも、何か納得いかない顔でそう答えた。
わかっている。
緑が悩んでいるのは、家での自分の立ち位置の問題だ。部外者でしかない自分は、緑の家とは何の関係もない。
その自分が、家とは関係のない外での話をしても何の意味も無い事は勿論わかっている。
だから。
「それにね、緑と一緒にいた時の千恵理と桜子さんは、とても楽しそうだったよ」
小岩井の家の中の事なんて、関係のない自分にはわからない。
だから、自分にできるのは外から見た家族の話だけだった。
「緑を小突いている時の桜子さんは最初の印象とは全然違っていたし、千恵理も……付き合いが長いわけじゃないからよくわからないけど、でも緑と話している時は、見た事のない顔をしてた」
テレビに視線を移すと、千恵理の出番は終わったらしく、次の選手の紹介が始まっていた。
それを肘をついて見る緑の表情は、その腕に隠れて見えない。
画面を見ているのかすらわからない。
「だから緑はきっと、他の誰も果たせない役割を果たしていて、おまけなんかじゃなくて、なくてはならない存在だって、千恵理も桜子さんも、多分碧ちゃんだって、そう思ってると思うよ」
「要するに、お調子者として場を和ませてるってだけだろ」
振り向いた緑はそう言って頬を膨らませたけれど、その表情は少しだけ晴れている気がした。
多分、そうであって欲しいという願望がそう見せていただけなのだろうけれど。
だろうな、と思う。
学問では、高等部生……それもあの負けず嫌いそうなお嬢様に勝つ程だというのだから、少し成績が良いくらいの同学年の子達では勝負にならないのは当然だろう。
「俺なんか成績ボロッボロなのにな。しかも、この年でもう婆の仕事の手伝いまでしてる。それも言われた事だけやるんじゃなくて、ちゃんと成果まで出してさ」
それから、緑はふっと寂しそうな表情で、
「凄くねーのは俺だけだ」
そう呟いた。
碧ちゃんに対して複雑な思いを抱えているのは知っていたけれど、それは碧ちゃんに限ったことではなかったらしい。
気持ちはわかる。いや、緑本人ではない自分などがわかると簡単に言ってしまって良いのかはわからないけれど、それでもこの二枚の映像と、今まで碧ちゃんについて耳にしたことを思い返せば、そういう気持ちになってしまうというのはわかる。
画面の中では、どうやら試合のダイジェストは終わったらしく、千恵理がマイクを向けられてインタビューを受けていた。
『新人王に対する意気込みを教えてください』
『私は新人王になりたいなんて欲が頭を過って勝てる程強くないので、一戦一戦を大切にして、最高の試合をしていくだけです。その結果として新人王になれるのであれば光栄ですけれど」
真面目な千恵理らしい答えだった。
「……婆達がさ、俺達が双子だってわかる前に名前を考えてたらしいんだ。男でも女でも大丈夫なように緑、って。でも双子だってわかって、上の方に決めてた名前を付けて、妹の方には新しい名前を考えたらしくってさ。当然だと思うよ。双子だってわかってないのに二人分考えるなんてことはないし、わかって必要になったから新しく考えた。当たり前だよ。でもさ、それって碧の方がおまけみたいじゃね? 実際には、おまけなのは俺の方なのにさ」
緑の言う通り、それは当然であり仕方のない事であって、どちらがおまけなんてことはない。
碧ちゃんは勿論、緑だって。
そんなことは緑本人が一番よくわかっている筈だ。だから今もこういう言い方をしたのだから。
けれど、理屈ではないのだろう。緑がそういうふうに感じてしまった。本来の事情や思惑は関係なく、ただそれだけが事実なのだ。
「緑も、充分すごいと思うけどね」
でも、自分からしてみれば凄いと思うのは緑も同じだった。
「どこがだよ」
緑が不貞腐れた様に答えた。
「恥ずかしい話だけど、こう見えて結構人見知りな方なんだ」
そうとしか見えねぇよ、と緑は少し笑った。
それに笑い返し、話を続ける。
「でも緑とはすぐに打ち解けられたし」
打ち解けたというか、緑がぐいぐい来るからなし崩しだったのだけれど。
でも、自分のように波風立てないようににこにこ笑って表面だけ取り繕っていると、話しやすい奴だと誤解されて馴れ馴れしくされることもよくある。それもすぐに誤解は解けて、騙されたという態度で離れて行ってくれるのだけれど。
しかし、緑はそういうのではない。
放って置いてはくれないけれど、こちらが不快にならない距離をきちんと保って接してきてくれる。
だから突き放すのも面倒だし、まぁいいか、と受け入れられる。
他人との付き合いなどしたいとも思っていない自分からすれば、それは自分が出来るなどとは想像も出来ない程にすごい事だった。
「そんなの、千恵理だって変わらないだろ。……まぁ、婆と碧はアレだけど」
確かに、千恵理も相手に不快に感じさせない距離を取るのは上手いと思う。でも。
「千恵理と違って、緑は自然にやってこうだろう? それって人付き合いの才能があるってことだから。その点では、千恵理よりも緑の方が凄いと思うよ」
千恵理のあれは努力して身に着けた技術だ。だから、自分が相手の時も、最初は手探りで距離を測っていたのに。
緑にはそんな感じはない。あくまで自然に、何も考えずにただ自分のやりたいようにやってそれが出来ている。
「緑は話しやすいし、話していて嫌な感じも、我慢しなきゃいけない感じもしない。それって、充分すごい事だと思うけどね」
「ああ、ありがと」
緑は褒められて嬉しそうではありながらも、何か納得いかない顔でそう答えた。
わかっている。
緑が悩んでいるのは、家での自分の立ち位置の問題だ。部外者でしかない自分は、緑の家とは何の関係もない。
その自分が、家とは関係のない外での話をしても何の意味も無い事は勿論わかっている。
だから。
「それにね、緑と一緒にいた時の千恵理と桜子さんは、とても楽しそうだったよ」
小岩井の家の中の事なんて、関係のない自分にはわからない。
だから、自分にできるのは外から見た家族の話だけだった。
「緑を小突いている時の桜子さんは最初の印象とは全然違っていたし、千恵理も……付き合いが長いわけじゃないからよくわからないけど、でも緑と話している時は、見た事のない顔をしてた」
テレビに視線を移すと、千恵理の出番は終わったらしく、次の選手の紹介が始まっていた。
それを肘をついて見る緑の表情は、その腕に隠れて見えない。
画面を見ているのかすらわからない。
「だから緑はきっと、他の誰も果たせない役割を果たしていて、おまけなんかじゃなくて、なくてはならない存在だって、千恵理も桜子さんも、多分碧ちゃんだって、そう思ってると思うよ」
「要するに、お調子者として場を和ませてるってだけだろ」
振り向いた緑はそう言って頬を膨らませたけれど、その表情は少しだけ晴れている気がした。
多分、そうであって欲しいという願望がそう見せていただけなのだろうけれど。
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プロフィール
- 名前
- 未田 尚(まだ なお)
- 通称
- にゃー
- お仕事募集ちう。
- 文章を書く関係ならなんでも。
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