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碧ちゃんの話


2

 診察は思っていたよりもというべきか思っていた通りというべきか、すぐに終わった。
 簡単な問診をしてから軽くギプスの様子を確かめた後に、順調ですね、の一言で終わりだった。
 一日で何が順調なのかはわからない。
 とはいえこちらから聞きたいことなどもないし、診察が終わったというのならばもう用はない。
 治療費の請求は全て桜子さんに行く事になっているので、受付で薬だけ受け取る。
 昨日貰ったばかりで殆ど手つかずの痛み止めはまだわかる。けれど、患部がギプスでぐるぐる巻きに固められているのに湿布を渡されてどこに貼れというのだろうか。
 まぁ、ギプスが重かったり固められているせいで体が強張って肩が凝る事もあるだろう。その時に使わせてもらう事にする。
 とはいえ、必要な治療費ならばともかく、桜子さんに無駄な負担を押しつけるわけにもいかない。とりあえず、次の時には薬が多すぎると言っておくことにしよう。
 その明らかに必要量を、それも昨日の分を含めなくても大幅に上回る大量の薬をどうやって片手で持ち帰ろうかと悩みながら、待合室を後にした。
 病院の入り口までついて来てくれた緑は先に帰らせてある。
 結果的に診察はすぐに終わったけれど、予約してあったとしても前の診察が長引いて後の順番がどんどん後ろにずれていくというのは、病院ではよくある事だ。診察をいい加減に済ませているのではなく、きちんと診てくれているのだと思えば仕方のない……むしろありがたい事だと思う。
 だから実際に終わるのがいつになるのかわからなかったし、まして何故か病院に入ろうとしない緑をこの炎天下にいさせては、そちらの方が病院が必要になってしまうだろう。
 病院の中で待つならいいけれど、と言われたことで、緑は渋々と帰って行った。
 何故そこまで、と思うけれど緑にも何か事情があるのだろう。むしろそれでも昨日は見舞いに来てくれたのだと有難く思う事にする。
 病院から出ようとしたところで、一度帰ったふりをして外で待っていたりしないよな、と入り口で立ち止まって外の様子を窺う。他人の心配をするくせに、他人の言う事を聞かない緑ならばやりかねない。
 見渡して見た限りでは、見つからないように隠れているのでもなければ見える範囲にはいないようで、とりあえずは胸を撫で降ろした。
 ここから見えない場所……たとえば近くの店の中で待っているのならば、少なくとも熱中症の心配はしないでいい。
 それなら安心して帰ろう……と足を踏み出そうとしたところで、こちらへとやって来る人影を見つけて足を止めた。
 別に、病院に来る人など珍しくもない。自分もその一人だから。
「……千恵理?」
 ただし、それが見知った顔ならば話は違った。それも病気とは縁が無さそうな千恵理であれば猶更だ。
 いや、二日酔いならばある意味病気の内かもしれない。それに、何よりも千恵理はプロレスラーだ。
 ここに来る前に見た試合の映像を思い出す。相手の技を受けた時のみならず、自分が使っても体を痛めそうな技の数々。それを生業として、日常的に使っているのだ。
 試合のみならず、練習でもいつ怪我をしてもおかしくない、ということに今になってようやく思い至った。
 多分、鈍い自分が気付いていなかっただけで、今までの自分と一緒にいる時も、打ち身程度の怪我は普通にしていたのだろう。
 あの試合の映像を見て、実際に病院にいる千恵理を見るまで、そのことに思い至ることすらなかったのだ。
 可愛い曾孫が殴る蹴るされるのを喜ぶ婆はいない、と言った桜子さんの気持ちが、思考ではなく感情で初めて理解できた気がした。
 入口で立ち止まるこちらに気付いたのだろう、千恵理が手を振って駆け出して来た。
 その動きは、少なくとも大きな怪我をしているようには見えない。
 ほっ、と胸を撫で降ろす。
 だとしたら、何故ここにいるのだろう、と首を傾げる。昨日は自分の見舞いに来てくれたのだけれど、怪我でも病気でもない……少なくともこうして何の違和感もなく駆けて来られる程度の怪我なら、病院に来る必要はないだろうに。
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未田 尚(まだ なお)
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