碧ちゃんの話
3
「どうしたの、こんなところで……」
すぐ目の前で足を止めた千恵理は、そう言い掛けて視線を下におろした。
「って、そうだよね。骨折の前からだけど、動きが全然怪我人って感じじゃないからすぐ忘れちゃうんだよね」
それはそうかもしれない。本人すら普段は怪我をしていることを忘れているのだ。他の人間であれば猶更だろう。
「それで、千恵理はどうして?」
それはごくごく普通の、話の流れからすれば聞かれたことを聞き返しただけの、当たり前の世間話程度でしかない会話のつもりだった。
「え」
なのに、何故か千恵理は言葉に詰まって狼狽えた。
「ああ、まぁそうか。そうだよねぇ」
聞かれたことに戸惑っている、というよりはなんと答えようかと迷っている、という感じだった。
いずれにしても、こちらの質問が千恵理を困らせてしまっているのは間違いない。
「ごめん、言えないような事なんだったら……」
別に、本気で気になって聞いたわけではない。困らせたいと思ったわけでもない。自分ではそう思わなかっただけで不適切な質問だったのならば、謝って取り消すのが当然のことだろう。
「ううん、そういうわけじゃないんだけど……」
けれど、千恵理は手を上げてこちらの言葉を遮った。
それでも悩むように言葉を濁す。
悩むくらいなら言わなくてもいいのに、と思ったけれど、そう言おうとした自分を止めたのは千恵理自身だ。どうするかは千恵理が決めるべきところだと、様子を窺いながら待つ。
「……うん、まだ早い、とは思うけど、でもいつかは教える事になるんだし、きっと見せても大丈夫だと思うし……」
何を見せるつもりなのかはわからないけれど、千恵理は自分の事を買い被り過ぎていると思う。
口ぶりからすれば、自分は心が広くて、大らかで、何でも受け入れる、と思っているのだろう。
しかし実際は、自分は他人の事はどうでもいいと思っているだけだ。
自分にはどうでもいい事だから驚かないし、自分には関係の無い事だから困りもしない。ただ適当に話を合わせて頷いて、その場を受け流しているだけだ。
心が広いから受け入れられるのではなく、蓋をしているからその上を流れて、染み込むことすらせずに流れ落ちて行ってしまっているだけだ。
「……多分大丈夫だし、それに引き返せなくなってから言ったんじゃ騙してるみたいだし。ちゃんと最初の内に知って貰って、その上で決めて欲しいし……」
よくわからないけれど、どうやら心は決まったらしい。千恵理は真っ直ぐにこちらを見詰めて頷いた。
「来て欲しいところがあるの」
千恵理はそう言ってこちらの手を取り、病院の中へと歩き出した。
結局どういう事になったのか全く分からず、とりあえず千恵理の後について行く。
千恵理は受付の前を素通りし、真っ直ぐに『病棟』と表示されたエレベーターへと向かっていく。
誰かの見舞いだろうか、と考えて、成程それなら自身が怪我も病気もしていなくても病院に来る理由にはなるな、とぼんやりと考えた。
千恵理に連れられて、昨日、自分が帰る時に通った通路を逆に辿り、病院の階層を上へと登って行く。
「……先に謝っておくね。ごめんなさい。あまり、気持ちの良い物じゃないと思う。でも、碧の為にも、いつかは見て貰って、知って貰わないといけないことだから……」
エレベーターの中で、千恵理は前を見詰めたまま、こちらを向かずにそう呟いた。
何を見せるつもりなのだろう、と今考えても仕方がない。
どうせすぐにわかることになるのだし、それまでの僅かな時間で考えて見ても、心構えが出来る程度の意味しかない。
エレベーターを降りてすぐ目の前はナースステーションだった。
ここは病棟、その入り口にナースステーションがあるのは当然だと言える。
千恵理はそこに一言声をかけてから、その脇へと回り込んだ。
こんなところに何が、と思う間もなく、すぐに自動扉が目に入った。まるで隠されているかのような、ナースステーションから見張られているような位置に配置されている。
関係者以外立ち入り禁止、と札の掛かったそれは、当然見舞客が日常的に使う様な物ではないのだろう。
千恵理は慣れた手つきでその脇についたカードリーダーに取り出したカードを翳した。
その澱みない動きから見るに、慣れているのだろう。
自動扉は音もなく自然に開いた。
すぐ目の前で足を止めた千恵理は、そう言い掛けて視線を下におろした。
「って、そうだよね。骨折の前からだけど、動きが全然怪我人って感じじゃないからすぐ忘れちゃうんだよね」
それはそうかもしれない。本人すら普段は怪我をしていることを忘れているのだ。他の人間であれば猶更だろう。
「それで、千恵理はどうして?」
それはごくごく普通の、話の流れからすれば聞かれたことを聞き返しただけの、当たり前の世間話程度でしかない会話のつもりだった。
「え」
なのに、何故か千恵理は言葉に詰まって狼狽えた。
「ああ、まぁそうか。そうだよねぇ」
聞かれたことに戸惑っている、というよりはなんと答えようかと迷っている、という感じだった。
いずれにしても、こちらの質問が千恵理を困らせてしまっているのは間違いない。
「ごめん、言えないような事なんだったら……」
別に、本気で気になって聞いたわけではない。困らせたいと思ったわけでもない。自分ではそう思わなかっただけで不適切な質問だったのならば、謝って取り消すのが当然のことだろう。
「ううん、そういうわけじゃないんだけど……」
けれど、千恵理は手を上げてこちらの言葉を遮った。
それでも悩むように言葉を濁す。
悩むくらいなら言わなくてもいいのに、と思ったけれど、そう言おうとした自分を止めたのは千恵理自身だ。どうするかは千恵理が決めるべきところだと、様子を窺いながら待つ。
「……うん、まだ早い、とは思うけど、でもいつかは教える事になるんだし、きっと見せても大丈夫だと思うし……」
何を見せるつもりなのかはわからないけれど、千恵理は自分の事を買い被り過ぎていると思う。
口ぶりからすれば、自分は心が広くて、大らかで、何でも受け入れる、と思っているのだろう。
しかし実際は、自分は他人の事はどうでもいいと思っているだけだ。
自分にはどうでもいい事だから驚かないし、自分には関係の無い事だから困りもしない。ただ適当に話を合わせて頷いて、その場を受け流しているだけだ。
心が広いから受け入れられるのではなく、蓋をしているからその上を流れて、染み込むことすらせずに流れ落ちて行ってしまっているだけだ。
「……多分大丈夫だし、それに引き返せなくなってから言ったんじゃ騙してるみたいだし。ちゃんと最初の内に知って貰って、その上で決めて欲しいし……」
よくわからないけれど、どうやら心は決まったらしい。千恵理は真っ直ぐにこちらを見詰めて頷いた。
「来て欲しいところがあるの」
千恵理はそう言ってこちらの手を取り、病院の中へと歩き出した。
結局どういう事になったのか全く分からず、とりあえず千恵理の後について行く。
千恵理は受付の前を素通りし、真っ直ぐに『病棟』と表示されたエレベーターへと向かっていく。
誰かの見舞いだろうか、と考えて、成程それなら自身が怪我も病気もしていなくても病院に来る理由にはなるな、とぼんやりと考えた。
千恵理に連れられて、昨日、自分が帰る時に通った通路を逆に辿り、病院の階層を上へと登って行く。
「……先に謝っておくね。ごめんなさい。あまり、気持ちの良い物じゃないと思う。でも、碧の為にも、いつかは見て貰って、知って貰わないといけないことだから……」
エレベーターの中で、千恵理は前を見詰めたまま、こちらを向かずにそう呟いた。
何を見せるつもりなのだろう、と今考えても仕方がない。
どうせすぐにわかることになるのだし、それまでの僅かな時間で考えて見ても、心構えが出来る程度の意味しかない。
エレベーターを降りてすぐ目の前はナースステーションだった。
ここは病棟、その入り口にナースステーションがあるのは当然だと言える。
千恵理はそこに一言声をかけてから、その脇へと回り込んだ。
こんなところに何が、と思う間もなく、すぐに自動扉が目に入った。まるで隠されているかのような、ナースステーションから見張られているような位置に配置されている。
関係者以外立ち入り禁止、と札の掛かったそれは、当然見舞客が日常的に使う様な物ではないのだろう。
千恵理は慣れた手つきでその脇についたカードリーダーに取り出したカードを翳した。
その澱みない動きから見るに、慣れているのだろう。
自動扉は音もなく自然に開いた。
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プロフィール
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- 未田 尚(まだ なお)
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- にゃー
- お仕事募集ちう。
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