碧ちゃんの話
8
その姿は容易に想像できた。
この光景を、自分の存在しないこの光景を、真っ直ぐに見詰める碧ちゃんの姿が。
遥か遠く仰ぎ見る事しか出来ない紺碧のような、見通す事の出来ない深淵の深碧のようなその姿が。
「わからないなら直接聞けばいいんじゃないか」
聞かなければわからない事はわからない。
だから、わからないならば聞けばいい。
家族なのだから。
「聞けないよ。碧には色々と押し付けちゃってるのに、その原因の一人の私が、今どんな気持ち? とか聞けないよ」
それは当然だ。
他人に気を遣う千恵理が、それも大切な妹を更に傷つけかねない言葉を放つなど出来ないと言われればその通りだ。
相変わらず他人の気持ちなどわからない自分が嫌になる。
そんな不躾な事を言ってしまった罪滅ぼしではないけれど、この光景を見た碧ちゃんが何を考えているのか、考えて見る。
わかるわけがない。
他人の気持ちなどわからない自分に、同じ経験などしたことのない自分に、
「何も、考えてないんだと思うよ」
わかるわけがない、のに、気が付けば意図せずに自分の口からそんな言葉が漏れていた。
「え?」
それを聞きつけた千恵理が、怪訝そうな顔をして首を傾げる。
それはそうだ。言ってしまった本人でさえ、あの聡明な碧ちゃんが何も考えていないなんてどういうことだろう、と考えてしまったのだから。
でも、つい今まで思い浮かべていた姿を、自分が唯一知っている、前だけを見詰めたあの眼差しを思い出せば、碧ちゃんの気持ちそのものはわからなくても、どんな気持ちになるのだろう、という事は考えるまでもなく答えはわかっていたのだと気付いた。
「碧ちゃんはきっと、真っ直ぐに受け止めてありのままに受け入れているんだと思う。お母さんのことも、お父さんのことも、ありのままに受け入れて、自然な事だと受け止めてるんじゃないかな」
初めて会った時に、腕に傷をつけたままでいる事を良しとした自分を受け入れてくれた、碧ちゃんなら。
「勿論、お母さんが錯乱してたりお父さんの表情が曇ったりしているんだったら、思うところはあると思う。でも……」
そう言って窓の向こうを覗く。
腕に抱いた娘を夫婦で見詰めるその姿。
例えそれが本当の娘ではなくても、それが本当は人形でしかなかったのだとしても、娘をどれだけ愛しているのかは伝わって来る。
「だってこの二人は……こんなことを言って良いのかわからないけれど、こんなに幸せそうじゃないか」
自分が産んだ子のことすら忘れて、守るべき子供たちに家族の温もりを与える事もせずに、この病室に閉じ籠って十年もこのままで。
この病室で生きることだって無料ではない。これだけの設備で、恐らく異変がないか二十四時間ナースステーションから見守られて、見張られて、それで生きているのだ。恐らく、昨日自分がいたあの病室と同じかそれ以上の額がかかっているのだろうと思う。
その負担を桜子さんに背負わせて、家族の全員に有形無形様々な負担を負わせて。
普通に考えればそんなものは幸せなわけがない。
それでも、この小さな窓を額として切り抜いたその光景は、とても幸せそうに見えた。
そうなりたいとは決して思わないけれど、これが人生の終わりの姿であれば、それは羨ましいと思う程に美しい光景だった。
この光景を、自分の存在しないこの光景を、真っ直ぐに見詰める碧ちゃんの姿が。
遥か遠く仰ぎ見る事しか出来ない紺碧のような、見通す事の出来ない深淵の深碧のようなその姿が。
「わからないなら直接聞けばいいんじゃないか」
聞かなければわからない事はわからない。
だから、わからないならば聞けばいい。
家族なのだから。
「聞けないよ。碧には色々と押し付けちゃってるのに、その原因の一人の私が、今どんな気持ち? とか聞けないよ」
それは当然だ。
他人に気を遣う千恵理が、それも大切な妹を更に傷つけかねない言葉を放つなど出来ないと言われればその通りだ。
相変わらず他人の気持ちなどわからない自分が嫌になる。
そんな不躾な事を言ってしまった罪滅ぼしではないけれど、この光景を見た碧ちゃんが何を考えているのか、考えて見る。
わかるわけがない。
他人の気持ちなどわからない自分に、同じ経験などしたことのない自分に、
「何も、考えてないんだと思うよ」
わかるわけがない、のに、気が付けば意図せずに自分の口からそんな言葉が漏れていた。
「え?」
それを聞きつけた千恵理が、怪訝そうな顔をして首を傾げる。
それはそうだ。言ってしまった本人でさえ、あの聡明な碧ちゃんが何も考えていないなんてどういうことだろう、と考えてしまったのだから。
でも、つい今まで思い浮かべていた姿を、自分が唯一知っている、前だけを見詰めたあの眼差しを思い出せば、碧ちゃんの気持ちそのものはわからなくても、どんな気持ちになるのだろう、という事は考えるまでもなく答えはわかっていたのだと気付いた。
「碧ちゃんはきっと、真っ直ぐに受け止めてありのままに受け入れているんだと思う。お母さんのことも、お父さんのことも、ありのままに受け入れて、自然な事だと受け止めてるんじゃないかな」
初めて会った時に、腕に傷をつけたままでいる事を良しとした自分を受け入れてくれた、碧ちゃんなら。
「勿論、お母さんが錯乱してたりお父さんの表情が曇ったりしているんだったら、思うところはあると思う。でも……」
そう言って窓の向こうを覗く。
腕に抱いた娘を夫婦で見詰めるその姿。
例えそれが本当の娘ではなくても、それが本当は人形でしかなかったのだとしても、娘をどれだけ愛しているのかは伝わって来る。
「だってこの二人は……こんなことを言って良いのかわからないけれど、こんなに幸せそうじゃないか」
自分が産んだ子のことすら忘れて、守るべき子供たちに家族の温もりを与える事もせずに、この病室に閉じ籠って十年もこのままで。
この病室で生きることだって無料ではない。これだけの設備で、恐らく異変がないか二十四時間ナースステーションから見守られて、見張られて、それで生きているのだ。恐らく、昨日自分がいたあの病室と同じかそれ以上の額がかかっているのだろうと思う。
その負担を桜子さんに背負わせて、家族の全員に有形無形様々な負担を負わせて。
普通に考えればそんなものは幸せなわけがない。
それでも、この小さな窓を額として切り抜いたその光景は、とても幸せそうに見えた。
そうなりたいとは決して思わないけれど、これが人生の終わりの姿であれば、それは羨ましいと思う程に美しい光景だった。
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プロフィール
- 名前
- 未田 尚(まだ なお)
- 通称
- にゃー
- お仕事募集ちう。
- 文章を書く関係ならなんでも。
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