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ノートルダムの鐘

※これは特に断りなければディズニー映画のことです。これから観るので筋書きを聞きたくない、という人は読まないでください。

『ノートルダムの鐘』THE BELLS OF NOTRE DAME

ベースはもちろん、文豪ユゴーの原作『ノートルダム・ド・パリ』で、この原作は原作で、
哀しくてやりきれなくて美しくて、好きだ。
でもそれは踏まえた上で一旦ちょっと忘れて、
ディズニーのは別作品として(あるいは比較もしながら)
ストーリーにどっぷり浸かると楽しい。
原作から相当変わった点があるお陰で。

ストーリーはすっきりして、グランゴワールとかジャンとかおこもりさんとかは出てこない。
しかもハッピーエンドだ。
カジモドの実母は悲劇の人ということで、フロロは最初っから既に悪いし。司教じゃなくて判事だし。
複雑な性格ながら、悪いことが分かりやすい。
エスメラルダは偏見の欠片も持たない娘で気風がいいし。
彼女の産み育ての母探しについては、すっかり省略された。
フィーバスが浮気者ではなくて、正義感ある善人になったことで、
カジモドの失恋にも納得がいき、それを乗り越えて生まれた友情を描くことが可能になった。
テーマが、とにかくカジモドの心のステージが展開することに焦点を当てられているので。
はじめて触れた、現実社会の人間の、生身の姿、残酷さや慈悲深さ、失恋、友情、そうしたものを通じて、
カジモドがだんだん人を信じられるようになり、
養い親から受け続けていた心の呪縛から解放されて
社会の一員となっていく。
『ノートルダムの鐘Ⅱ』にも繋がっていくテーマ。

カジモドの描かれかたが好き。
風貌は、体形も顔つきも、ほとんど原作描写の通り。
鎌を二丁、柄のところで合わせたような、X脚とか。
化物じみた腕とか。
赤毛の大きな頭の後ろの、背中の山のような瘤。
四面体の鼻とか。
乱ぐいの歯を包む馬蹄形の口とか。
情けなさを湛えるような顔は、左右反転しているようだけれど。(原作では、大きないぼに隠れているのは右目)
この描写をアニメとしてビジュアル化して、表情とともに動かしたとき、
ここまで可愛く感じさせるのは、まったく魔法のようだ。
そんな外見の肉体からすると信じがたいほどに、めちゃめちゃ力持ちで、すばしっこくて、
愛する鐘を毎日響き渡らせて、綱から綱へ、
屋根から屋根へ、大聖堂と一体化したように自由に飛び回り、
スパイダーマンも驚くような軽業。
まったく世間から隔絶され閉じ込められた不自由さでありながら、
空に高く聳え立つ大聖堂の鐘楼という、
パリで最も天国に近い場所を自由に掌握している。
伸びやかに動く肢体、特に大きな手。毛深ささえ微笑ましい。
健康。自然万歳。

そして心はまるで、窮屈な体の中に埋もれた宝のような。
最初に彼の顔が登場するとき、それは巣から小鳥を旅立たせるシーン。
フレンドリーな、慈しみのある、それでいて孤独感を切なく感じさせる振る舞い。
原作では、やや意地悪なところも見受けられるカジモドの要素は、
ディズニーのほうでは、どうせ僕なんかー、といういじけた態度に時折残っている。
が、それにもましてディズニー版ではより彼は人との関わりを欲している。
部屋を飾るオブジェや人形が、それを器用に拵える彼の芸術性や繊細さ、人を見る目の優しさ、外の社会への憧れ、を鮮やかに表現し、
それは彼のルックスとの対比で一層際立っている。

そしてこのディズニー版において原作と最も違い、成功していると思うのは、
カジモドの耳が、不自由ではない。普通に口もきける、という設定だ。
しかも声を当ててるのが、トム・ハルス。あのアマデウスのモーツァルトの。
ちょっと高めでかすれた、いい感じの若く温かい声の魅力。
これにより、彼のシャイで若くて溢れる情感をめいっぱい歌にのせることができたし(歌、すごくうまい)、
彼が誰に教わったのか謎だけれども、会話の魅力が出ている。
ガーゴイルとの会話(これは原作にも示唆する箇所があるけれど)、
エスメラルダとの会話、フィーバスとの会話、
すべてにおいて、
選ぶ言葉、口調、
カジモドの
天性のセンスとか、ユーモアとか、
ナーバスな気分とか、サービス精神とか、上品さとか
どうやったらあの環境でこんなふうに育つのか謎だ。
フロロのおかげでは決して無く、やっぱり大聖堂とガーゴイルという精霊のおかげだろう。
でも言葉がうまく出なくてもどかしい場面、特にエスメラルダの前ではちょっと吃ったりするのがまた、
可愛さというか母性本能をくすぐる。
I-I-I- とか、and-and-and- とか。もう、DVDを何度リプレイして聴き惚れたことか(私だけ?)

歌の素晴らしさ。文句つけようなし。
エスメラルダの、あれほど最下層で生きる身でありながら、高潔で慈愛あふれる祈りの歌とか。
陰鬱にカジモドを押さえつける支配的なフロロの歌、のあとから湧きあがってくる、
カジモドの、朝日に向かっていくような、自由を希う歌の輝かしいこと。
恋の芽生えの喜びを清らかに静かに歌う「天使が僕に」のカジモドの場面から一転、ドロッドロの歪んだ「地獄の炎」の欲情をフロロが。
どちらも同じ女性を想っての歌だと思うと、対比のすごさに圧倒される。
その天使の歌のフレーズが、フィーバスとエスメラルダのラブシーンの場面(カジモドの失恋)で、
再び、悲哀とともにカジモドの内面で繰り返される。
原作で言えば、「その胸は、飲み込んだ全ての涙でふくれていた」というところ。
あんまりにも短かった恋の夢。

全体を通して、音楽が素晴らしい。
教会っぽさ、パリっぽさ、ジプシーっぽさ。それぞれの場面に応じて、ものすごく綺麗で、サントラCDも是非買って聴いてほしい。

随所に挟まれているラテン語の歌詞の意味も確認した上で、改めて場面を鑑賞すると、よりゾクゾクする。
カジモドが、残酷な愚民たちに屈辱を受けている場面では、
Agnus Dei (神の子羊)という歌詞が流れている。
主人に助けを乞うカジモド。が、フロロはわざと彼の惨状を放置している。やっぱりこの男ひどい。カジモドのことなど可愛がっていないことが分かる。
そこに現れて救いの手を差し伸べるエスメラルダが、神々しい。
常日頃から恩を感じているフロロからは冷たく見捨てられていて、
邪悪だとフロロが断じているはずのジプシー娘が、自分に情けをかけている。
この事態にカジモドはとても困惑しているような表情だった。

特に私が、胸を打たれるのは、やっぱり、
カジモドがエスメラルダを火刑から救出する場面。
(原作では絞首刑だけれど、設定を火刑にしたのは絵としても比喩としても、とても良かった)
それまでカジモドには諦め感というか、どこかフロロへの恩の支配力に抗いきれないものがあったけれど、
やっぱり大切なのはエスメラルダだ、愛だ、
と認識した瞬間が、フロロへの反撃を本当に可能にしたらしい。
いよいよ薪に点火され彼女の死が迫ったという段になってカジモドは、
獣のように潜在能力を爆発させる。
このときに流れているのが Libera me Domine(主よ、我に自由を与えたまえ)っていうのも素敵。
縛っていた鎖は怪力で引きちぎるわ、
縄ですばやく飛び降りて電光石火だわ、
正確に的確に彼女の元に駆けつけ確保、
あっという間に鮮やかにかっさらって、
大聖堂のステンドグラスを背景に、憎いフロロ達を怒りの目で見下ろしながら三回、絶叫で宣言する、
Sanctuary!
(この喝采で毎度どんだけこっちもストレス解消されることだか。)
原作の該当シーンよりも一層、強力だ。

フロロは、エスメラルダを殺しかけたのみならず、
カジモドのことも殺しかけ、
20年前にカジモドの実母を殺したのも、ほかならぬフロロだった、
その段階でもう私なら(?)もっと容赦しないんだけれど。
持った布の端にぶら下がるフロロを何故かカジモドは振り落とさない。(原作だと、絶対にフロロを助けない)
この辛くも残る、相手への情けが、ディズニー映画らしい。
そんなふうに一度は助けてもらったのにまだ懲りないフロロも、ディズニーの悪役らしい。
(『美女と野獣』にも類似のシチュエーションがある)
(類似といえば、ここでも、Ⅱでも、主人公がヒロインに絶景のビュースポットを紹介して美しい景色を見せてあげる、というのが『アラジン』と似ている)

その他見どころは色々あるけれど、
「これ、かなりカワイイ(笑)」と思ったのは
道化の王様選びの中で、恥ずかしさに思わず顔を手で覆ったカジモドにクロパンが
彼こそパリで最も醜男のカジモドだ!と道化王の冠をかぶせている瞬間、の
カジモドの、何が何だか分からないというような表情と格好。
ホントにもーホントに可愛いのだった。

さて、『ノートルダムの鐘Ⅱ』については、次のページで。
予告編の絵の雑さから推量して、最初は私にはそれを観る気はなかった。が、
意外と、案外と、良かったので。


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プロフィール

ニックネーム
ぷりも
性別
自己紹介
ディズニーアニメで好きなトップ5

1、ノートルダムの鐘、ノートルダムの鐘Ⅱ

2、美女と野獣

3、アラジン

4、リトル・マーメイド

5、ターザン