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異世界ですよ、山田さん!

プレミアムなフライデーな新世界

突然始まるB級ホラー

―――年を食うってことは、それだけ長く、この世界を観てくる、ということである。

逆に言えばそれだけ、物事を“常識に”落とし込んで考えるようになる、ということでもある。

曰く、したたか酒を飲んで酩酊した俺は、ワケのわからん虚妄に取り憑かれておったのだろう、と。
酒を飲んだ記憶も、いま別に酔い覚めの感覚もねえけど、そういうことなのだろう、と。

だが時に、人はそういう|冷静《・・》な思考をかなぐり捨てて、進むべき方から乖離した行為に、走りたくなることもある。

それは俗に、現実逃避という―――。

おいそこ。誰だ、『またかよ』っつったの。

まあいい。現実逃避ってのは、たとえば俺が、謎の声で、ここまで無駄に気合い入れた脳内ナレーション流して、悦に入ってることとか。

飲み屋に入ったと思ったら教団本部に召喚され、用事があるなら済ませきてねと家に送還される。
そんな酒席でもしらけそうな狂気の妄想が、むしろ|現実《リアル》のできごとであって欲しい、と思ってることとか。

そういうの、現実逃避っていう。何なら調べても良い。

えーと、スマホスマホ……。

……。

ない。あれはカバンに入れてる。
あー、カバンカバンっと。

…………。

カバンがない。

この八畳の部屋のどこにもない。

床をトランスしたエクソシストのごとく這いずり回っても、ベッドの端に頭抱えて座り込んでも、ない。
ないったらない。
酔っぱらって落としたのか? いや、流石にカバン落とすなんて。だとしたらあのガード下の店か?


焦るな。深呼吸、からの精神統一。
もう一度、一から、どこを見て回ったか思い出すんだ。

―――アパートの一階、左端のドアから、俺の部屋に入る。

右手に玄関横の白い靴箱。そして、入ってまっすぐ、この部屋に伸びる廊下。

廊下は右に小さなキッチン、左には、手前から、風呂、トイレ。
“く”の字に奥へ折れる扉を開けて見たけど、風呂の中にはなんもない。

廊下から段差を降りて、この部屋。床(フローリング)の真ん中に座卓、座イス。安さにつられて買った。
廊下の向かいに、今座ってるベッドと、奥に、若草色のカーテン、そして外へ出るための引き戸を兼ねた窓。
窓の外も出て見た。雑草が芽吹いてた。

ベッドから見て、右隣の壁際には、木目調の本棚と、その上にでんと鎮座する薄型テレビ。32インチ。
最近はほぼ真っ暗な画面。座イスだと首がしんどくなるせい。

ベッドの左隣は白いカベだけ。正面は……。玄関に通じる廊下と、その右に、壁と一体化した白いクローゼット。
ありそうなのはここだけど、結果はお察し。

―――アタマん中でイメージするより、実際見て回った方が早いよな。
何やってんだ俺。


あーもー、なんならマジで教団とのやり取りが現実であって欲しかった。
もしそうなら、カバンはたぶん、あそこの「赤絨毯の間」にある。
もっかいお呼びするとか言ってたし、そしたら取りに行けるのに。

どうしよう。どんなに必死こいて記憶を引っ張り出しても、リフレインするのが新世界に巣食ってた教団本部って、一体どういうことだよ。
飲み屋の引き戸を開けた、その直後からの脳内メモリが連中に占拠されてる。
強烈だ。強烈すぎて、一向にあの|妄想《やみ》を振り払えないよ……!


……妄想、っていうか。うーん。

そう片付けるには、感覚がリアルすぎる気もするなあ。

ひんやりした空気、耳に残る声、なんとも言えない湿気た匂い、あとは手アセとか。

オッサンは凄絶にコワかったけど、あの赤髪の|娘《コ》はえらいカワイかったしなあ。
そんな娘に、どういうわけか大層な信頼を寄せられてたっぽいし……。

……。

また会いたいなー。

…………。

………………。




っあああああああああ!!(自己嫌悪)



とにかく! ここでうだうだ、非現実的《ファンタジー》な可能性に望みをかけててもしょうがない。

交番に行くか、また東京に戻ってあの店に行くなりした方がよっぽど良いだろう。そうしよう。


出かけることを決めた俺は立ち上がる。立ち上がって、腹が減ってることに気づく。
なんか、キャラメルでも食ってくか。えーと、座卓ん下に……。お、あった。

……?

モノ、食ってないのか、俺?

や、それに、いま何時よ?


「え……」

今更だけど、左手にしてる腕時計を見て、思わず声が出る。

会社から直帰したって1時間はかかるのに、これだとどう見積もっても、5分か10分そこらで家に帰ったことになる。

はは……。
そりゃまあ、時計だって、毎日毎日ぐるぐる回ってりゃ、たまには休みたくなる時もあるって……。

自分で考えといてアレだけど、当然そんな、どっかの泳ぐタイヤキみたいな理由で納得できるハズ無く。
知らず知らず、俺はリモコン握ってテレビをつけてる。

『さーいよいよ運命の一戦が始まりますねえ』
『代表戦、15分後にキックオフです』

「ホゥ……」

一拍置いて、背中にザワッと戦慄が走る。

やめて。そんなお気楽呑気に実況中継しないで。もう全身ザワザワですよ。俺もはや余すとこなくチキン肌なワケですよ。

今目の前の薄型32インチが映し出している代表戦は、直帰すると途中で始まっちゃうから。
―――だから、あのガード下の店、「新世界」で、見て帰ろうと、思ってたんだ。

―――。

そうだ、俺は、

最初は何かの企画だと思ったし、

家にいてからは酩酊しながら見た夢ってことで、|常識的に《・・・・》納得しようとしてきたけど。

(言動はともかく)彼らのやらかしたことをそのまま受け入れる方が、

|矛盾なく《・・・・》様々な事実を説明できる……。

カバンがないことも、腹が鳴ることも、家で見れるはずのなかった代表戦を、現在進行形でウチのテレビが中継しちゃってることも。

……え、それって結局、俺マジな|新世界《いせかい》に行ってたってこと?

呆然とテレビつけっぱなしにしたまま、俺は立ち尽くす。部屋の真ん中で良い年した男が、キャラメル詰まった袋片手に顔面蒼白で立ち尽くしてるって、なかなかシュールな絵面だけど、案外そんなもんよ、ホラーって。

人の話聞いてる分には笑ってられるところがあるけど、いざ我が身に降り掛かると思考止まるんだなー。

試合開始までの尺を埋めるため、ハイテンションを突き抜け人類の野生までをも体現した芸人が、血走った眼で日本語かも怪しい雄叫びと共に麻婆豆腐をキメるCMが始まる。

テレビCMってのは非日常を演出して、消費者の購買意欲をかき立てることを目的とした映像広告なんだけども、思考が浮いてる状態で見ると、逆にそれが世界の|日常《リアル》に見えてくる。

ということを、俺は今、知った。

―――。

不意に。

あたりが静かになる。
ついでに周りも薄暗くなる。

壁だ。
俺の目の前に、古ぼけた石の壁がある。この壁は……。

(見覚えが、ある)

ぼんやりと辺りを照らす黄色い灯光。
喧噪から遠く離れた静寂。
俺の背後で存在感を主張する、やたらハイな気配。

なんて詩的に状況をまとめてる場合じゃねえ。
もしかして、いやもしかしなくても、これは。

おそるおそる振り返ると、
真後ろに、








超ニコニコ面で俺を見ている赤髪娘が……!






「うぎゃあああああああああ!!?」
「ええええええええ!??」

絶叫、俺。心外、娘。

舞台は再び、赤絨毯の間へと移った。
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