異世界ですよ、山田さん!
ド田舎王家は自給自足
オカルトから始まる土曜朝
***
未知に向き合え。新たな道があるかもしれないぞ。
今のダジャレすか?
……。
……。
***
朝だ。
見慣れた天井だ。
見ていた夢は、なんだかんだ思い出せない。
そんな気分になるのは、多分映画の見過ぎ。
***
とりあえずベッドの上で起き上がって、昨日のことを思い出す。
石造りの城と、やたら日本語が堪能な教団連中と、人種迷子の少年少女と満天の星空。
うう。頭が重い。寝ぼけてんのかってくらい重い。
人間、一晩寝ると思考が整理されるらしいが、昨日のアレはどう総括しても酔っ払いのステキな|幻覚《トリップ》だ。
別れ際、赤髪娘に『明日もお待ちしてますね!』って言われた気がするけど、今は棚上げ、棚上げ。俺は本気で信じちゃうほどピュアなハートの持ち主ではないのだ。
土曜日かー。何しよっかなあ。
よたよたと立ち上がって、クローゼットを開ける。
……何してんだ。何でクローゼットなんか開けたんだ。
閉じようとするとひらり、小さな白い紙が舞い落ちて。
ボッ
「うわっ!」
燃えた。ものすっごいびっくりした。
心臓バクバクさせつつ、かがんで被害を確かめる。クローゼットの底についた瞬間、紙(らしきもの)が発火したっぽい。
焦げ跡も異様だ。二重丸の内側に、びっしり模様が描かれた、手のひら大の黒い図形(魔法陣?)が焼き付いている。
え、なにこれ、超怖いんですけど。
こういうのって、あの、お寺とかに行きゃいいんでしたっけ。そんで頼れるご住職に『これは危ないところでした』みたいな、ピンチをギリギリで切り抜けてきましたねって含みのあるセリフを言われりゃいいんでしたっけ。要はそんな感じで洒落怖に仕上げてしまいたい。ネタとして消費できるレベルに落とし込みたい。
誰か助けてくれえ。
クローゼットを開けたまま(閉じるのが怖かった)そろそろと離れ、誰に気を使ってるのか忍び足で歩く。
そうして極力音を立てないようにしながら洗面台に行く。ルーティンワークで平常心を取り戻そうって魂胆さ。
顔に水をバシャバシャ、タオルで拭う。顔を上げるのが怖い。今日ばかりは鏡を見たくない。後ろに何かいたら年甲斐なく絶叫できる自信がある。
しばらく時間を取る。
特に何者かの気配を察知することもなかったから、ちらと目線を上げると、石だった。壁が石になっとる。
かなり黒っぽい暗灰色。触った感じは割とスベスベ。おお、マイルームの内装も重厚になったもんだ。
ああ、うん、石積んで壁作ったら床抜けるって。
そうそう、ここは俺の部屋じゃなくてだな。
覚えのある感覚に、少しずつ頭がついてくる。
こうも再現性があると、流石にサイケな幻覚だとは思わなくなる。
心の準備をして振り返ると、斜め後ろに、ただひたすらに無表情な少年がいた。
「……」
「……」
***
「おはようございます。異国の山田さん」
「……うん、おはよう」
先に口を開いたのはラフロイグの方だった。
柔らかな日差しを浴びる、その背後には横長の窓。肘を置いて外を眺めるのに良さげな高さ。青空と城壁の|縁《へり》らしきものが見える。
割と広めな明るい部屋の中、向かい合った少年との間に気まずい沈黙が流れる。|異世界《でさき》でまで対人関係に気を使うとはなんとシビアな話だろう。
土曜の朝からいきなりこんなことになってる経緯はどうあれ、せっかくの非日常なんだ。難しいことはどっかやって、もうちょいこうさ、気楽にワクワクすることをしようよ。
手始めに、君のそのギンギツネ(冬毛)みたいにモフモフな頭をモフっていいかい?
「あと少しでエーテルさんも来るので、そしたら朝食を取りに行きましょう」
「あ、ドーモ。献立は?」
「雑魚豆とその豆で作った団子です」
「へえ……」
せっかく彼の方からコミュニケーションを図ってくれたのに、俺は早々に会話の接ぎ穂を見失った。感想が出てこない。雑魚豆って響きも引っかかるが、それ以上に『あずきとあんこ』みたいな取り合わせのメニューにどんな期待を寄せりゃいいの。
いやさ、断じるのは早い。王家の食卓だけあって、実はどこかの士郎もうならせる究極の豆と団子なのかもしれない。
「味はどうなの?」
「トリは好むようです。前に|集《たか》ってました」
「へえ……」
主観的な評価を避けたのは、彼の性格によるものか。でもだとしたら赤髪娘を引き合いに出すよな。一緒に食ってんだろうし。
てことは……。
「美味しいの?」
「美味しい、でしょう。飲み込めるので」
「へえ……」
おそらくだが、彼の美味不味の基準は「摂食できるか、できないか」でばっさりと分かれてるのだ。塩辛い。瞳と髪の毛どころか、価値観とかそういうのまで一切合切灰色の少年であるらしい。
人生の楽しみは人それぞれ。にしても、もう少し味気とか色味ってものをその灰色の世界に塗りたくってあげたくなる。
―――ソワソワする気配を感じる。何の気なしに部屋の入り口へ目を向けると、エーテルがひょっこり顔を出した。
「おはよー(↓)」
(*´ー`)みたいな顔して彼女は部屋に入ってくる。ラフロイグに裸足を注意されてもリアクションが薄い。朝は弱いのかな?
今日は赤味噌みたいな髪の色。でも向かって右、左サイドに一筋だけ、空色に染まった毛束が彗星のように流れている。奇抜な。ずいぶん変わったファッションセンスしてんな。
と思っていたら、ラフロイグが声をかけた。
「エーテルさん、色が浮いてますよ」
「ほんと?」
娘が右手を回して件の箇所を撫でる。消えるインクにアイロンを当てたみたく、周りと同じ赤味噌色になる。不思議な。
呆気にとられていると、微妙に寝ぼけた感じの娘が話しかけてきた。
「私の部屋に来てたんですねー」
「ああ、ここ君の部屋……」
『だったの』と言いかけて止まった。エーテルが俺の手元にあるタオルを触ってたから。
そうして金色の目を見開いたかと思えば、髪の毛があっという間に明るい朱色に変わった。すげえ。何だ今の。
あ、でもなんかこれ、どっかで似たようなの見たかも。
そう、あれは『ダー○ィンが来た』に出てた、コウイカの擬態だったような―――。
「わあ! なんですか? なんですか!? この白いの!!」
「ちょ待って。タオル、タオルだから! ちょ待ってって!」
「たおおおおるrrr!(巻舌)」
やめて! そんなに引っ張らないで! これ今まで俺が顔拭いてたタオルだから! そんなに目キラキラさせるようなもんじゃないから!
そんな、唐突に始まった俺と娘の綱(タオル)引きにもラフロイグは眉一つ動かさない。相変わらず何考えてるんだかわからない顔で成り行きを見ている。
が、彼の腹が鳴ると、痺れを切らしたようにエーテルのローブをつまんで引っ張った。
「ごはんにしましょう。ハーパーさんが待ってます」
「(あっ) 失礼しました!」
刹那、我に返ったかのように赤髪娘がタオルを放す。そんな熱中してたの。初めて見た布っきれに対するその思い入れはどっから湧いてくるのさ。
キャラメルの時と違ってラフロイグは興味なさそうだったしなあ。この娘、もしかしてタオル偏愛? それとも布フェチ? なんかどっちも外してる気がする。まあいいか。今度新品のをあげるよ。
気を取り直して、という感じで娘がくるりと踵を返した。
「じゃあ取って来ますね!」
「俺も行くよ。案内して」
「いいですよ。僕たち二人で、三人分は運べますから」
ラフロイグはつれない。たぶん気遣いのつもりで言ってるんだろうけれど、そう無表情だと遠回しに疎んじられてるような気分になるよ。
え、違うよね?
「いいさ。一応ほら、『お守り役』なんだから」
「そういうもんですか?」
「そういうことなら是非! みんなで行きましょう!」
ニコニコ笑ったエーテルがやや強引に話をまとめて、俺たちは揃って部屋を出て行った。
未知に向き合え。新たな道があるかもしれないぞ。
今のダジャレすか?
……。
……。
***
朝だ。
見慣れた天井だ。
見ていた夢は、なんだかんだ思い出せない。
そんな気分になるのは、多分映画の見過ぎ。
***
とりあえずベッドの上で起き上がって、昨日のことを思い出す。
石造りの城と、やたら日本語が堪能な教団連中と、人種迷子の少年少女と満天の星空。
うう。頭が重い。寝ぼけてんのかってくらい重い。
人間、一晩寝ると思考が整理されるらしいが、昨日のアレはどう総括しても酔っ払いのステキな|幻覚《トリップ》だ。
別れ際、赤髪娘に『明日もお待ちしてますね!』って言われた気がするけど、今は棚上げ、棚上げ。俺は本気で信じちゃうほどピュアなハートの持ち主ではないのだ。
土曜日かー。何しよっかなあ。
よたよたと立ち上がって、クローゼットを開ける。
……何してんだ。何でクローゼットなんか開けたんだ。
閉じようとするとひらり、小さな白い紙が舞い落ちて。
ボッ
「うわっ!」
燃えた。ものすっごいびっくりした。
心臓バクバクさせつつ、かがんで被害を確かめる。クローゼットの底についた瞬間、紙(らしきもの)が発火したっぽい。
焦げ跡も異様だ。二重丸の内側に、びっしり模様が描かれた、手のひら大の黒い図形(魔法陣?)が焼き付いている。
え、なにこれ、超怖いんですけど。
こういうのって、あの、お寺とかに行きゃいいんでしたっけ。そんで頼れるご住職に『これは危ないところでした』みたいな、ピンチをギリギリで切り抜けてきましたねって含みのあるセリフを言われりゃいいんでしたっけ。要はそんな感じで洒落怖に仕上げてしまいたい。ネタとして消費できるレベルに落とし込みたい。
誰か助けてくれえ。
クローゼットを開けたまま(閉じるのが怖かった)そろそろと離れ、誰に気を使ってるのか忍び足で歩く。
そうして極力音を立てないようにしながら洗面台に行く。ルーティンワークで平常心を取り戻そうって魂胆さ。
顔に水をバシャバシャ、タオルで拭う。顔を上げるのが怖い。今日ばかりは鏡を見たくない。後ろに何かいたら年甲斐なく絶叫できる自信がある。
しばらく時間を取る。
特に何者かの気配を察知することもなかったから、ちらと目線を上げると、石だった。壁が石になっとる。
かなり黒っぽい暗灰色。触った感じは割とスベスベ。おお、マイルームの内装も重厚になったもんだ。
ああ、うん、石積んで壁作ったら床抜けるって。
そうそう、ここは俺の部屋じゃなくてだな。
覚えのある感覚に、少しずつ頭がついてくる。
こうも再現性があると、流石にサイケな幻覚だとは思わなくなる。
心の準備をして振り返ると、斜め後ろに、ただひたすらに無表情な少年がいた。
「……」
「……」
***
「おはようございます。異国の山田さん」
「……うん、おはよう」
先に口を開いたのはラフロイグの方だった。
柔らかな日差しを浴びる、その背後には横長の窓。肘を置いて外を眺めるのに良さげな高さ。青空と城壁の|縁《へり》らしきものが見える。
割と広めな明るい部屋の中、向かい合った少年との間に気まずい沈黙が流れる。|異世界《でさき》でまで対人関係に気を使うとはなんとシビアな話だろう。
土曜の朝からいきなりこんなことになってる経緯はどうあれ、せっかくの非日常なんだ。難しいことはどっかやって、もうちょいこうさ、気楽にワクワクすることをしようよ。
手始めに、君のそのギンギツネ(冬毛)みたいにモフモフな頭をモフっていいかい?
「あと少しでエーテルさんも来るので、そしたら朝食を取りに行きましょう」
「あ、ドーモ。献立は?」
「雑魚豆とその豆で作った団子です」
「へえ……」
せっかく彼の方からコミュニケーションを図ってくれたのに、俺は早々に会話の接ぎ穂を見失った。感想が出てこない。雑魚豆って響きも引っかかるが、それ以上に『あずきとあんこ』みたいな取り合わせのメニューにどんな期待を寄せりゃいいの。
いやさ、断じるのは早い。王家の食卓だけあって、実はどこかの士郎もうならせる究極の豆と団子なのかもしれない。
「味はどうなの?」
「トリは好むようです。前に|集《たか》ってました」
「へえ……」
主観的な評価を避けたのは、彼の性格によるものか。でもだとしたら赤髪娘を引き合いに出すよな。一緒に食ってんだろうし。
てことは……。
「美味しいの?」
「美味しい、でしょう。飲み込めるので」
「へえ……」
おそらくだが、彼の美味不味の基準は「摂食できるか、できないか」でばっさりと分かれてるのだ。塩辛い。瞳と髪の毛どころか、価値観とかそういうのまで一切合切灰色の少年であるらしい。
人生の楽しみは人それぞれ。にしても、もう少し味気とか色味ってものをその灰色の世界に塗りたくってあげたくなる。
―――ソワソワする気配を感じる。何の気なしに部屋の入り口へ目を向けると、エーテルがひょっこり顔を出した。
「おはよー(↓)」
(*´ー`)みたいな顔して彼女は部屋に入ってくる。ラフロイグに裸足を注意されてもリアクションが薄い。朝は弱いのかな?
今日は赤味噌みたいな髪の色。でも向かって右、左サイドに一筋だけ、空色に染まった毛束が彗星のように流れている。奇抜な。ずいぶん変わったファッションセンスしてんな。
と思っていたら、ラフロイグが声をかけた。
「エーテルさん、色が浮いてますよ」
「ほんと?」
娘が右手を回して件の箇所を撫でる。消えるインクにアイロンを当てたみたく、周りと同じ赤味噌色になる。不思議な。
呆気にとられていると、微妙に寝ぼけた感じの娘が話しかけてきた。
「私の部屋に来てたんですねー」
「ああ、ここ君の部屋……」
『だったの』と言いかけて止まった。エーテルが俺の手元にあるタオルを触ってたから。
そうして金色の目を見開いたかと思えば、髪の毛があっという間に明るい朱色に変わった。すげえ。何だ今の。
あ、でもなんかこれ、どっかで似たようなの見たかも。
そう、あれは『ダー○ィンが来た』に出てた、コウイカの擬態だったような―――。
「わあ! なんですか? なんですか!? この白いの!!」
「ちょ待って。タオル、タオルだから! ちょ待ってって!」
「たおおおおるrrr!(巻舌)」
やめて! そんなに引っ張らないで! これ今まで俺が顔拭いてたタオルだから! そんなに目キラキラさせるようなもんじゃないから!
そんな、唐突に始まった俺と娘の綱(タオル)引きにもラフロイグは眉一つ動かさない。相変わらず何考えてるんだかわからない顔で成り行きを見ている。
が、彼の腹が鳴ると、痺れを切らしたようにエーテルのローブをつまんで引っ張った。
「ごはんにしましょう。ハーパーさんが待ってます」
「(あっ) 失礼しました!」
刹那、我に返ったかのように赤髪娘がタオルを放す。そんな熱中してたの。初めて見た布っきれに対するその思い入れはどっから湧いてくるのさ。
キャラメルの時と違ってラフロイグは興味なさそうだったしなあ。この娘、もしかしてタオル偏愛? それとも布フェチ? なんかどっちも外してる気がする。まあいいか。今度新品のをあげるよ。
気を取り直して、という感じで娘がくるりと踵を返した。
「じゃあ取って来ますね!」
「俺も行くよ。案内して」
「いいですよ。僕たち二人で、三人分は運べますから」
ラフロイグはつれない。たぶん気遣いのつもりで言ってるんだろうけれど、そう無表情だと遠回しに疎んじられてるような気分になるよ。
え、違うよね?
「いいさ。一応ほら、『お守り役』なんだから」
「そういうもんですか?」
「そういうことなら是非! みんなで行きましょう!」
ニコニコ笑ったエーテルがやや強引に話をまとめて、俺たちは揃って部屋を出て行った。
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