test1-2
第五話 思い出の代償
俺は家に着くなりすぐにベットに倒れこみ、深い眠りについた。
何時間経ったのだろうか。
時計を見てみると、もう八時を過ぎていた。
母は今日もいつものように帰りが遅く、俺は冷蔵庫から冷え切ったハンバーグを取り出しレンジにかけた。
保温されたご飯をよそぎ、俺は晩飯を食べる。
食べ終わった頃にはもう九時過ぎだった。
俺はご飯を食べている間も寝ている間もずっと神山の言葉が頭から離れなかった。
「あの頃の思い出の場所で待ってる……」
別にどこか検討も点かないわけではない。
ただ、その一歩がなかなか踏み出せないだけだった。
そうこうしているともう十時前。
俺はもう遅いと思いながらも玄関のドアを開けた。
まだ夜は肌寒い季節だ。
軽く一枚羽織ったぐらいではまだ震えてしまいそうなほどだ。
俺は体を丸くしながらも一歩ずつ歩いていく。
たどり着いた場所は数台の車しか止まっていない駐車場。
俺が幼稚園の頃には小さな公園だった場所だ。
そう、俺達三人だけの秘密の場所。
はっきりと前を見るのが怖かった。
俺が絶交と言ったのに皆は本当に許してくれるのだろうか。
そして、本当にあの頃に戻れるのだろうか。
俺はゆっくりと頭を上げた。
「待ってたよ。ずっとね」
そこには一人の男が立っていた。
いつも近くにいるのに遠い人。
神山 秀大。まぎれもなく彼だった。
「ごめん。遅くなって……」
「俺……ずっと待ってたんだ。ここでさ。お前のことを……」
「秀君……」
その時、俺達の元に誰かが歩いてくる。
駐車場にある街灯の逆光ではっきりと姿は見えないが何となく想像がついた。
「じゅんぺい……」
今にも目から涙が溢れそうな女性。
南 桜だった。
学校が違うので全く会う機会も無く、久しぶりに見ると少し大人びて見えた。
「じゅんぺい……ごめんね……」
溢れそうだった涙は限界を超え、大粒の雫が流れ出す。
「桜……俺が悪かったんだ……俺が……」
俺は何かを隠すようにうつむいた。
「また、みんな一緒なんだ!」
神山は二人の肩を掴み、抱き合った。
後日また会う約束を取り付け、俺達は家に戻った。
「ちょっと純平、こんな時間までどこへ行ってたの!? 鍵も開けっ放しにして!」
家に帰ると母が帰っており、こっぴどく怒られたが俺はそんなことにも負けないぐらいの嬉しい気持ちでいっぱいだった。
次の日、俺は東に謝らなければ無かった。
昨日無言で帰ってしまったことと東のおかげでみんな仲直り出来たことを。
だが、東は学校へは来ていなかった。
机だけがぽつんと置かれていた。
「東君は今日、体調不良のためお休みするそうだ」
担任は出席を取っている時にそう言った。
(東が、昨日まであんなに元気だったのに……)
俺は自分のせいかもしれないと言う思いでいっぱいになった。
「あと今日は中間テストの範囲が書かれたプリントを配る。中村君、これを東君の家へ届けてほしい」
「わかりました!」
クラス委員の中村さんは東の分のプリントを預かった。
放課後、俺は中村さんを引きとめた。
「中村さん。俺が東の家にプリント持って行くよ」
「え? 助かるわぁ。私家めっちゃ反対だったんだよねぇ」
中村さんから東のプリントを預かり、俺は東の家へと向かった。
この街には、そこだけがまるで日本ではないかと錯覚させられるような大豪邸がある。
東財閥の要とも言えるその大豪邸は東の実家でもある。
俺はその家構えに圧倒されながらも呼び鈴を押した。
和風な家作りだが、瓦は綺麗に毎日磨かれているかと思わせるような、太陽の光の反射で眩しいぐらい一つ一つが輝いていた。
中庭の様子が、外からでは全く見えないほどの大きな門が聳え立っている。
改めてじっくり見ると、やっぱり東のすごさがしみじみと伝わってくる。
そうこう思っているうちに一人の男性が門の中から出ていた。
「どのようなご用件でしょうか?」
汚れ一つ無い、真っ黒なスーツを着た男性は、どうやらこの家の執事であるみたいだ。
「あ、あの。東さんに学校のプリントを届けに……」
俺は思わずびびりまくってしまった。
「そうですか。では私がお預かり致します」
「あ、あの……」
俺は勇気を振り絞ってその執事に言ってみた。
「どう致しましたか?」
「東さんに会いたいんです。斉藤だと言えばわかってもらえます!」
「ですが……お嬢様は体調を崩されて降りまして」
「そこを何とかしてもらえませんか!」
俺は強めに押してみた。
「一応お嬢様に聞いてみますので少々お待ちくださいませ」
「あ、ありがとうございます!!」
俺は執事さんに深く頭を下げた。
しばらくして執事さんが戻ってきた。
「お嬢様の許可が下りましたので、どうぞこちらへ」
執事さんは正門の中へ通してくれた。
「あ、ありがとうございます!」
俺はまた執事さんに頭を下げた。
「お嬢様のお部屋へと案内致します。どうぞこちらへ」
俺は東に謝りたい気持ち、感謝の気持ちを伝えるため、玄関までの長い道のりを一歩ずつ踏みしめて東の元へと向かった。
「お邪魔します」
玄関を抜け、しばらく廊下を歩くと一つだけ一般家庭で見るような普通のドアが一つあった。
周りはふすまだらけなのにドアがあるのはとても不自然だった。
執事はドアを三回叩いた。
「お嬢様、斉藤様がお見えになりました」
「どうぞ、入ってもらってください」
ドアの向こうからいつもの東の声が聞こえた。
ただ、いつもよりは少し声がかれている気がする。
「では斉藤様、どうぞ中へ」
「ありがとうございました」
執事はそういい残してその場から去っていった。
俺は一回唾を飲んだ後、ドアノブに手をかけ開ける。
中はいたって普通の女の子の部屋だった。
全体的に薄いピンク色をした壁紙が張ってあり、奥のベットには東が厚着をして寝ていた。
「斉藤君……」
「東……」
俺は東のそばへ駆け寄った。
「斉藤君……昨日はごめんね。私勝手なことしちゃって」
東は何回か咳混みながら言った。
「今日はその事を謝りに来たんだ。昨日は本当に悪かった。俺、あの時は昔の事で頭がいっぱいで……」
「私が勝手にしたことだから気にしないで」
東は申し訳なさそうな顔で俺を見つめた。
「いや、違うんだよ」
俺は昨日の夜のことを東にすべて話した。
「そっか、仲直り出来てよかった」
東は万遍の笑みで俺を見つめた。
だが、少ししんどそうな表情にも見えた。
「本当に東のおかげだと思ってる。今日は東にどうしてもそれを伝えたかったんだ。
でも体調が悪いのに悪かったな。俺はもう帰るわ」
俺はそのまま部屋を出ようとした。
「斉藤君!」
東は俺を呼び止めた。
「どうした?」
「よかったらもう少し……そばにいてほしい……」
東は熱があるのか、顔が真っ赤になっていた。
「でも俺がいると邪魔じゃないか?」
「斉藤君がいいなら……」
俺はベットのそばにあった椅子を持ち出し、東の寝ている横に腰を下ろした。
「あのね斉藤君……」
「どうしたんだ?」
東は熱が上がってきたのだろうか。少し前よりも頬が赤くなって来ているような気がした。
「さっき言ってた南さんってどんな人なの?」
東からそんな質問されるとも思っていなかった俺は驚きを隠せない。
「どんな人かぁ……桜はすっごく綺麗な人だけど、それよりも本当に心の優しいやつなんだ。
俺達と一緒にいるのが不思議なぐらいに」
「そうなんだ……」
東はなぜかがっかりした表情を見せた。
「斉藤君……今でも南さんの事……好きなの?」
「え!? 何故そんなことを聞くんだ?」
先ほどよりも思いもつかなかった質問だった。
「言いたくなかったら別にいいの」
「うーん……」
俺は今も桜のことが好きなのだろうか。
俺が桜のことを好きになってしまったばっかりに三人の仲は悪くなってしまったことは事実。
俺の中で桜を好きな気持ちを忘れようとしている部分もある。
それって本当は桜もことをまだ……
「わからないや。今はまだ仲直りしたばっかりでそれ所じゃないって感じかな」
東は少しだけ笑みを浮かべてこう言った。
「それじゃ、私が斉藤君に好きって言ってもいいのかな……」
「え……」
その時、さっきの執事さんが部屋をノックする音が聞こえた。
「お嬢様、お食事をお持ちいたしました」
「はい、どうぞ」
執事さんが部屋に入った途端に俺は立ち上がった。
「結構長居しちゃったな。俺はもう帰るわ」
俺はまるで逃げるように東の部屋を出ようとした。
「斉藤君!」
東は重たいからだを無理やり起こして立ち上がった。
「お嬢様、まだお体の調子が!」
俺はびっくりして振り返った。
東は執事さんに持たれかかる様に辛うじて立っていた。
「これは私の気持ち……斉藤君には関係ないから気にしないで……」
東は力尽きたみたいにベットに倒れこんだ。
俺は執事さんに一礼したのちに走って家に帰った。
ただ謝りたかっただけなのに。複雑な気持ちがずっと俺の鼓動を高めさせていた。
第六話 意識
あの日から数日が経った。
俺の頭の中にはずっと東のあの嬉しそうで悲しそうで辛そうな笑顔がずっと残っていた。
ホームルームのチャイムが鳴り、先生が教室に入ってくると同時に急いで東が教室に飛び込んできた。
「東さん、お体の調子は大丈夫なのですか?」
先生が東に優しく問いかけた。
「はい、もう大丈夫です」
走って来たせいか、東の顔は少し赤く染まっていた。
東が来ただけのいつもと変わらない普通の毎日。
だが、俺にとっては無駄に緊張してしまいそうになる一日だった。
体育の時間があったわけじゃないのに、俺は放課後にはすでにバテバテだった。
いつものように文化部に向かおうとした時、俺は東に後ろから呼ばれた。
「斉藤君! 一緒に行こ!」
「あ、ああ」
文化部への道はそう長くない。
だがその間、俺は何を話していいのかわからず、ずっと無言のまま文化部の前までたどり着いていた。
「斉藤君……」
入り口の前で東が俺の名を呼んだ。
「私、別にいいって言ったけど……お返事ずっと待ってるから……」
その言葉が俺の胸に突き刺さった。
やっぱり東もあの日の事を意識していたのだろう。
「わかった……」
俺はそう言うしか言葉が思いつかなかった。
文化部に入ると神山がすでに俺達の事を待っていた。
「東さん、この前はどうもありがとう」
神山はまだ、東の家であった事実を知らない。
「いいんです。私が勝手にしてしまったことなので」
「ううん。おかげで南と純平とも仲直り出来て、本当に感謝してるよ!」
神山は椅子から立ち上がり、大きくお辞儀をした。
「そ、そんな……本当にいいんですってば」
東は神山の元へ走っていった。
東が戻ってきて三日が経った。
俺はまだ東のあの言葉を忘れられないでいた。
頑張って普通に接しようと努力するものの、何か恥ずかしい気持ちが無意識にこみ上げてくる。
いつものように東と文化部の部室の中に入ると神山が急いで俺達の元へ走ってきた。
「大変なんだよ純平、東さん!」
神山の慌てようは尋常じゃなかった。
「どうしたんだ秀君?」
「文化部の山根さんと安東さんがやめちゃって部員が足りなくなったんだ。このままじゃ廃部になっちゃうんだよ!」
「え!?」
俺も東も動揺してしまう。
「でも文化部に最適な人が俺のクラスにいるんだ。
昔学生新人小説賞で金賞を取った西野 真由(にしの まゆ)さんだ。一緒に説得してくれないか?」
「うん、わかったよ」
神山に連れられて、俺達は神山のクラスに行くことにした。
「西野さん!」
教室には一人の女の子がいた。
「あれ、また神山君来たの?」
神山は西野と言う女性の元へ走る。
「お願いだ。一緒に文化部に入ってくれないか? 席を置いてくれるだけでもいい!」
西野は暗い顔をしている。
「私……もう小説は書かないって決めたの。だから無理なんだってば」
西野は窓から空を見ている様に見えた。
何か悲しい過去があるのだろうか。
「何でなんだ。西野さんは金賞を取ったほどの実力があるんじゃないか! その才能をもっと伸ばすべきなんだよ!」
思わず神山にも熱が入る。
「ごめん……無理なの……」
西野は鞄を手に取り、俺達を通り抜け去っていった。
「西野さんはいつからは小説を書くのをやめてしまったらしいんだ。俺にもその理由はわからない……」
神山は非常にがっかりしている。
「でも、何かあったみたいでしたね。無理に進めるのはいけないと思うわ。私が言える立場じゃないですけど……」
「ううん。俺もきっかけがあって仲直りできたんだ。きっと彼女もきっかけさえ出来ればまたやり直せるんだよ。
それは俺自身が身を持ってわかったからさ」
「でも今日はもう遅いしとりあえず帰ろうか」
俺達は今日は帰ることにした。
途中まで東と神山と共に下校し、東と別れた後ほしい本があったので俺は神山と別れ駅前の本屋に行くことにした。
そこで同じ高校の制服を着た女性がいた。
さっき神山が必死に説得していた西野だった。
「あれ、西野さんじゃない?」
俺が声を掛けると西野はびっくりして振り返った。
「あなたはさっきの……」
「ああ、俺斉藤って言うんだ。さっきは悪かったな」
西野は立ち読みしていた小説を本棚に戻した。
「いいえ、神山さんが昔学生新人小説賞で銅賞だったって話をしてきて……自慢みたいで嫌らしい女って
思われるかも知れないってわかってたのに……小説好きな人だって分かってたからつい言っちゃって」
西野が読んでいた本は、有名な作家の本だった。
「神山はそんな風に思うような人間じゃないよ。それ、今流行ってる作家のやつだね。もしかしてまだ小説は好きなんじゃないの?」
「……違うの」
西野はまた思い詰めた表情を見せた。
「あ、言いたくなかったらいいんだ。人には言いたくないことなんていっぱいあるもんだからな」
西野はしばらく黙り込んだのちに重い口を開けた。
「私ね、小説が書けなくなっちゃったんだ。ある日突然ね」
「え!?」
いきなりだったのでつい驚いてしまった。
「頭の中が真っ白になって何も浮かばないの。こうやって毎日本屋でいろんな作品を見ても全く思いつかない。
もう私は小説を書けないのよ……」
西野の目が少し潤んできているのが分かった。
「でもさ。そう言うのは誰でもあると思うよ。現に俺なんか元々才能がないからさ。書いてもどうせ参加賞のシャーペンぐらいしか
もらえない。そう言う人もいるってのも分かっちゃもらいたいもんだな」
「……」
西野はしばらくうつむきながら何か考え事をしているようだ。
「それじゃ、俺は雑誌買って帰るわ。また学校でな!」
俺は入り口の近くにある漫画の雑誌を手に取り、会計を済ませそのまま帰宅した。
次の日、東と共に文化部に向かうと神山の笑顔と見覚えのある女性。
紛れも無くその女性は『西野 真由』本人だった。
「西野さん、文化部に入ってくれたんですね!」
東は嬉しそうに西野の後ろに座った。
俺もいつもと同じ東の横へ座る。
今まで三角形に並んでいたけれど、綺麗な四角形に成った。
「うん、何だかやる気が出てきたからついでに入っちゃおうかなって」
そう言った西野はちらっと俺の顔を見た気がした。
今日からは俺達四人と数名の部員で文化部は再建することになった。
前へ 次へ