test1-3
七話 新しい関係と過去の代償
「斉藤さん、ちょっといいです?」
俺は昼休みに学食でご飯を食べていると突然西野が横に座り始めた。
「あれ、珍しいね。みんなお弁当だからここに来ることはないんだ。でもどうしたんだ?」
西野の顔は、少し深刻そうな表情を浮かべていた。
「単刀直入に言うと……神山さんに告られたの」
「え? ええ!!」
俺は思わず立ち上がってしまった。
「ちょ、ちょっと。まだ誰にも話してないのに大声出さないでください……」
突然俺が大声を上げ立ち上がるものだから、周りからの変な視線を痛いほど感じた。
「ご、ごめん……」
俺は何事も無かったように座りなおした。
「で、でも。返事はどうしたんだ?」
西野の深刻そうな表情を見ると、大体の予想は出来ていた。
「まだ……なの。でも私どうしたらいいか分からなくて……」
この俺ですら全然分からなかった。別のクラスと言うのもあるかも知れない。
実際三人が仲直りしたと言ってもまだ根本的な溝は埋まっていないのも事実である。
あの日以来、三人が会った事も無く、神山ともクラブと帰り道以外に喋る機会すらない。
やはりあの事件以来、三人はもう一緒では居られないのだろうか……
「俺も知らなかったよ。で、どうするんだ? 付き合う気はあるのか?」
西野は非常に悩んでいる様子だ。その悩みの原因が分からない俺には、良いアドバイスが思いつかない。
「別に嫌いって訳でもないの……でも……」
何となくだが俺には予想が出来た。
「もしかして、他に好きな人がいるとか?」
「え!?」
どうやら図星だったようだ。
「俺は女性に好きって言ったこともないし付き合ったことも無い。でもやっぱり告白ってすっごい勇気がいると思うぜ」
俺は場違いにも東の事を思い出して少し小恥ずかしい気持ちになった。
「う~ん……」
西野はまだ悩んでいるようだ。
「神山の事をフォローするつもりは無いけど、あいつは適当に物事を言うやつじゃない。きっと本気だと思うぜ」
適当に言ったわけじゃない。俺は神山ならと確信を持っていた。
「神山さんだもんね。また斉藤君に助けてもらっちゃった。ありがとね!」
そう言って西野はお弁当を食べずに包み、食堂から去っていった。
「あいつ……飯食べないのかよ」
俺も急いで冷めかけたご飯を食べ始めた。
その日の放課後、珍しく俺と東が先に部室に着いた。
「あれ? 今日は私達の方が早かったみたい。珍しいね」
「あ、ああ」
今日の昼休みの事もあり、俺は何となく想像がついていた。
数十分後、二人同時に部室へとやって来た。
西野は俺の方を見てにこっと笑って見せた。
たぶん付き合うことにしたのだろうと思った。
「ごめん遅くなって。突然だけど俺西野と付き合うことにしたんだ」
「え!? そうなんですか!!」
何も知らない東は驚いて椅子から転げ落ちそうになったが、俺はほとんど分かっていたので驚く必要は無かった。
「そうか、応援するよ」
神山の熱い眼差しを見て、俺はやはり本気なのだと確証した。
それからまた数日が過ぎた。
神山と西野は相変わらず仲が良い。だが俺は一つ気がかりなことがあった。
西野の好きな人って誰だったんだろうか。
後で気づいたのだが西野の置かれていた立場は俺と丸っきり似ていたのだ。
東と南。俺はどっちも取れずに東をずっと待たせている状態だ。
そんな俺が軽々しく西野に大してどうやら言うのはとても西野に失礼な事だ。
だが、結果的には旨く行ったみたいで本当に良かった。
これで最悪な結果を招いていては俺はどう責任を取ればよいのか分からなかった。
これをきっかけに俺も逃げずに東にも南にも立ち向かうことにした。
だけど立ち向かう前に気づいた事がある。
俺はあの再会の日以来、南と全く連絡を取っていない。
東との事を真剣に考えるにはまず南との事を解決しなければならなかった。
本当に今でも南の事を好きなのだろうか。
俺は学校では言う勇気も無かったので、家に帰ってまず神山に相談することにした。
家の電話から掛けると神山の父親が出た。
「はい、もしもし」
その声を聞くと昔絶好した時の事を思い出した。
あの時、神山は不良に絡まれたと父親にも学校にも言っていたらしいのだが、どういう訳か神山の父は俺が殴ったことがばれていた。
その日の晩に神山の父が俺の家に飛んできて、俺の母と猛喧嘩した事は今でも俺の記憶には新しい。
その時もう二度と神山に近づくなと言っていた神山の父の言葉がその中でも一番鮮明に残っている。
「いたずらなら切るぞ!」
あの時のように怒っている神山の父に俺は勇気を振り絞って応答した。
俺はここで逃げていたら何も変わらないと思ったからだ。
「もしもし、斉藤ですが話があります……」
俺がそう言うとしばらく無言が続いた。
「今更何のようだ」
確かに今更である。
あの時の俺は裏切られた思いから一切神山の両親に詫びも入れなかった。
本当に謝られないといけないのは俺だと頑なに信じていたからだ。
「今からそちらに向かいます」
俺が言うと何も言わずに電話を切られた。
俺は制服のまま神山家へと向かった。
呼び鈴を押しても返事は無く、しばらく玄関の前で待っていると鍵が開くとともに中から神山の父が出てきた。
「ついて来い」
神山の父はその一言しか言わなかった。
俺は何も言えないまま後を追うのであった。
たどり着いた先は、今流行の喫茶店レストラン『F.K Milk』であった。
「いらっしゃいませ! 空いてるお席へどうぞ」
若いお姉さんが近くのテーブル席へ案内する。
「ご注文はお決まりでしょうか」
「アイスコーヒー二つ」
「はい、かしこまりました! 失礼します」
お姉さんはお辞儀をして厨房の中へと去っていった。
「純平君、あの時はすまなかった」
「え!?」
謝りに来たのにもかかわらず何故か逆に謝られてしまった。
俺は動揺を隠せない。
「あの日の後、秀大から全部事情を聞いた。俺はあの時ただ怒り狂ってたんだ。何の事情も聞かずにな」
「い、いや……でも」
「お待たせしました。アイスコーヒー御二つです」
ちょうどさっきのお姉さんがアイスコーヒーを持ってくる。
俺と神山の父の前に置かれていたコースターの上へ置くとともに、またお辞儀をして去っていった。
神山の父はテーブルに置かれたミルクとガムシロップを一個ずつ入れ、かき混ぜた。
俺もタイミングを逃してしまい、同じように一個ずつアイスコーヒーに入れ、かき混ぜる。
「よくよく考えたんだ。俺ならどうしたかってな。たぶん俺も同じ事をしてたんじゃないかってな」
そう言って神山の父はアイスコーヒーをグラスの半分ぐらいまで一気に飲んだ。
「俺、あれから後悔してたんです。でも自分から殴っといて仲直りしようなんて厚かましいし……
だから秀君から誘われた時、最初は怖かったけど本当にうれしかったんです」
俺は正直な気持ちを神山の父に伝えた。
「俺はあの時はまだアマチュアの小説家だった。
妻にも逃げられ、この歳でアルバイトしながら秀大を育ててきた。
大切に育てた息子なんだ。だから怪我をしているのを見て耐えられなかったんだ。
でも今思えばそれも友達として良い思い出になる。そう願っているよ。
電話で強く当たったのは本当に秀大の事、ちゃんと思ってやってくれてるのか知りたかったんだ。
純平君、秀大とこれからも仲良くしてやってくれ」
「ありがとうございます」
俺は神山の父へ謝る気持ちと感謝の気持ちを重ねて深くお辞儀をした。
「小説の締め切りが近いから俺はこれで帰る。お代は払っておくからな」
神山の父は伝票を取り、そのまま会計を済ませ帰って行った。
俺もコーヒーを一気に飲み干し、家に戻ることにした。
家に着くと玄関の前に息切れした神山が待っていた。
「しゅ、秀君?」
「親父から話を聞いて来たんだ!」
どうやらさっきまでの話は知っているようだ。
「ま、まぁ入れよ」
俺は神山を自分の部屋へ案内した。
まだ息切れが治っていないので、俺は自分の部屋にある白い小さな冷蔵庫から缶ジュースを取り出して
神山に差し出した。
「あ、ありがと」
神山は安物のオレンジジュースを一気に飲み干した。
「別によかったんだよ。秀君には関係なくて俺自身の区切りと言うか
けじめのためってのかな? 良く分からないけどさ」
馬鹿正直に言い過ぎて思わず鼻で笑ってしまう。
「親父には言ってあったんだ。いつかちゃんと俺から説明しようと」
「いや、親父さんは全然あの時の事怒ってないってさ。逆に謝れたぐらいだ」
その時、俺は本来の目的を思い出した。
いろいろあってすっかり忘れていたが、東と南の事、真剣に考える時が来たようだ。
「それより秀君、別の件で相談があるんだ」
「どうしたんだ? 何でも言ってくれよ!」
神山は何でも受け止めてくれる、まるで仏のような目をしている。
「俺さ、東と桜の事、真剣に考えようと思ってるんだ」
俺がそう言うと仏様は悩ましげな顔を見せた。
「その事……か……」
しばらく三畳の部屋の中はまるで時間が止まったかのように動かなくなる。
テレビの上に置いてある目覚まし時計を見る限り、実際には数分しか経っていない時間が
俺達は数時間も経ってしまったかのように錯覚してしまう。
「俺は別に純平がどっちを選ぼうかなんて気にしちゃいないし
どっちを選んでも正解だと思うよ。
そうだ、ちょうど純平に渡そうと思ってたのがあるんだよ」
神山は机の引き出しから一枚の紙切れを取り出した。
「本当は西野と行くはずだったんだけど日程がどうも合わなくってさ。
捨てるつもりだったし純平にどうかなって。桜もきっと喜ぶさ!」
紙切れは新しく出来たばかりのテーマパークの入場券だった。
「これで自分の本当の気持ち、確かめてみたらいいんじゃないかな?」
俺は何も言い返せなかったが、神山が差し出したチケット二枚は受け取っていた。
神山に別れを告げ俺は神山の家を後にする。
そのまま向かった先はもう何年も行っていないようなほど懐かしい南の家だ。
同じ団地なので見た目はまったく同じのドア。
唯一違うものといえば表札と位置ぐらいなのだが、
まったく違うように感じた。
俺は何故か震えながらも呼び鈴を押した。
「はーい」
ドア越しから聞こえる懐かしい南のお母さんの声。
鍵が開いてドアが開く。
「あら、純平君じゃない! 元気してたの?」
実際に会うのは本当に数年ぶりである。
「ま、まぁ元気でした」
「さくらに会いに来たんでしょ。ちょっと待っててね。今お風呂に入ってるから。
良かったら中で待ってなさいよ。さくらには言っとくからね」
「え!? お、お気遣い無く……」
この人のテンションには昔からついていけない。
「遠慮しないで。さ、上がって」
半ば強制的に俺は桜の部屋で上がらされた。
「それじゃ言ってくるからもうちょっと待っててね。さくら~、さくら~~」
桜の母は大声で叫びながら出て行った。
昔に来た時となんら変わっていない桜の部屋。
変わったと言えば本棚に参考書が以前よりも増えたぐらいだろうか。
「あ……」
参考書の中に一冊のノートを見つけた。
そのノートは桜が小説を書いていたノートだ。
悪いとは思いながらも勝手に手に取った。
もしかしたら続きがあるかもしれないとパラパラとページをめくると
やはり見たことが無いページに辿り着いた。
俺は時間も忘れてしまうほど小説に没頭していた。
作品は中途半端な所で終わっていた。
ちょうど物語の山場に差し掛かろうという手前で。
ノートを畳んで続きが気になる衝動に駆られていると桜が戻ってきた。
「ごめんね。まさかじゅんぺいが来るなんて思わなかったから」
「あ! ごめん。勝手に小説読んじゃったよ……」
戻ってくる前にこっそり直そうと思っていたが熱中しすぎて忘れていた。
「見たんだ……」
桜はがっかりした表情だった。
「まじでごめん。勝手に見るなんて最低だよな……」
「ううん。もう小説は書いてなかったから別にいいの……」
俺は桜の言葉が信じられなかった。
銀賞を取ったほどの実力があるのに書くのを止めてしまったなんて。
「どうして? あんなに小説好きだったのに……しかも続きが気になってしょうがないのに」
桜は俺からノートを奪い取り本棚にしまった。
「もう……書いても見せる人がいないって思ったら何だか書く気が無くなっちゃってね……」
俺のせいだったのか。
俺が桜から大好きだった小説を奪ってしまったのか……
「ごめん……」
桜に謝る事しか出来なかった。
「でもじゅんぺいが見てくれるんだったらまた書こうかなって今思った」
桜は本棚にしまったノートを机の上に開けた。
「本当か! 楽しみにしてるよ」
桜は俺に笑って見せた。
「でもじゅんぺい。小説のために来たの?」
俺は小説に夢中になりすぎて本来の目的を忘れていた。
「あ、そうそう。来週の日曜日暇かなって……」
いざ誘ってみると何だか照れくさいものだ。
「来週の日曜日かぁ……ちょっと待ってね」
桜はカバンからスケジュール表を取り出した。
「来週の日曜日っと。うん、別に予定無いから大丈夫だけどどうしたの?」
神山からもらったチケットを渡して行けなくなったのでもらった経緯を説明した。
「ええ!? ここ行って見たかったんだぁ。全然構わないって言うかむしろお願いしたいぐらい!」
桜は目をキラキラと輝かせながら興奮している。
「それじゃ来週の日曜迎えに来るよ。それじゃ夜遅いし帰るわ!」
「うん! すぐそこだけど気をつけてね」
「ああ、おやすみ」
桜に別れを告げ家に帰った。
もう伝え終わったにもかかわらずまだ震えが残っている。
「まぁまだ先の話だしな、気にせず寝るか」
俺は風呂に入り眠りにつくことにした。
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